コラム

収奪的なオリンピック、包摂的なパラリンピック

2021年09月16日(木)19時15分

オリンピックの1週間ぐらい前から選手団や報道関係者が大挙して来日するようになったが、ちょうどオリンピックの開幕日である7月23日あたりから東京での新型コロナへの感染者数が急カーブで増え始め、オリンピック閉幕から5日後の8月13日に東京の感染者数がピークを迎えている。新型コロナウイルスの潜伏期間を考えると、オリンピックが感染拡大の最大の原因であったと考えざるを得ない。

オリンピックのために来日した選手や関係者から直接感染したという報道はなかったようだが、東京の新規感染者の5~6割が感染経路不明なので、来日した人々からの感染がなかったと推定できる根拠もない。オリンピックが開催されたことによる気のゆるみや、オリンピックに医療資源が割かれたことの影響を考えれば、少なくともオリンピックが間接的に感染拡大を助長したとはいえるのではないだろうか。

オリンピック期間中、緊急事態宣言が発令されていて、飲食店では酒類の提供ができないはずだが、「オリンピック中継やってます」と張り紙をして客を呼び込んでいる飲み屋を私は都内でいくつも目撃した。東京都の小池知事はまるで飲食店が感染拡大の原因であってオリンピックには罪がないかのように言うが、その飲食店がオリンピック中継で客を呼び込んでいるとなると、オリンピックも無罪とはいえないのではないだろうか。

都民一人当たり11万円の負担

9月11日に放送されたNHKの「首都圏情報 ネタドリ!」では、オリンピックに医師が割かれたことで、都内の医療現場に深刻な問題が起きている状況が報告された。番組に登場した医師は、都内の病院に勤務しながら、オリンピックの医療支援スタッフも兼ねているのだが、彼が勤める病院に大会期間中、連日新型コロナ患者が押し寄せてきた。そのため、彼は朝から夕方までオリンピック会場で仕事したあと、病院に戻ってコロナ患者の治療をするという長時間労働を強いられた。

オリンピックには総勢7000人もの医師と看護師が医療支援に当たったが、そのことによって新型コロナ患者への対応がおろそかになったり、あるいは医師や看護師がオリンピックと新型コロナ対応との掛け持ちになって過重な労働を強いられ、健康が害されることもあったであろう。オリンピックは間違いなく日本に住む人々の健康に大きな犠牲を強いたのである。

そしてこの興行に日本国民と東京都民が膨大な費用を支払うことも忘れられてはならない。オリンピックの経費は関連経費まで含めると、東京都が1兆4519億円、国が1兆3059億円だった。東京都民は国を通じた負担分を合わせると一人当たり実に11万円も負担することになる。とてつもない収奪といわざるをえない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story