コラム

米中貿易戦争でつぶされる日本企業

2020年10月28日(水)10時38分

だが、米中貿易戦争の激化がキオクシアホールディングスの上場を妨げた。アメリカ政府は今年9月15日に中国のファーウェイに対する制裁を強化し、アメリカ産の製造装置や設計ソフトを使って半導体を作る外国メーカーに対してもアメリカ政府の許可なしにファーウェイに半導体を販売することを禁止した。アメリカの企業は一部の半導体製造装置や設計ツールで強い競争力を持っているので、この規制によって事実上ほとんどすべての半導体メーカーに対して網をかけることができる。

いったいアメリカ政府に何の権限があって他国の企業の営業を禁止できるのか不明である。もしアメリカが世界一の経済大国でなければ、このような命令は笑って無視されるのがオチであろう。たとえばある産油国Aが敵対する別の国Bを苦しめてやろうとして、「今後わが国の石油を使って作った製品をB国に輸出することは他国の企業であっても認めない」と宣言したらどうなるかを想像してみたらよい。

しかし、日本企業はアメリカ政府の命令をないがしろにはできないので、キオクシアは売り上げの数%を占めるとされるファーウェイ向けの輸出の先行きが不透明になったとして当面株式上場を見合わせることにした。上場で得た資金で設備投資をする予定だったのが、この上場延期によってキオクシアの投資のタイミングが遅くなり、メモリーをめぐる競争で不利になる恐れがある。

狙いが見えない米制裁

キオクシアはアメリカ政府に対してファーウェイとの取引再開を許可するよう申請した。もしそれがうまくいって出荷再開に漕ぎつけられれば株式上場もできるだろうが、もし拒否されたりすればさらなる上場延期が必要となるかもしれない。キオクシアが東芝という母体を離れてまさに飛び立とうしていたときに、アメリカ政府の恣意的な規制によって足に鎖をつけられてしまった。この鎖が解かれなければ、日本の半導体産業の最後の砦も潰えてしまうかもしれない。日本半導体産業の宝とでもいうべき企業がアメリカの規制のせいで出鼻をくじかれようとしているのに、日本の為政者がなぜ平然としていられるのか、なぜキオクシアの経営を妨害しないようアメリカに訴えないのか理解できない。

この問題の一番困るところは、アメリカ政府の狙いがいったいなんなのかがわからないことだ。米インテルや米AMDがファーウェイにパソコン用のCPUを輸出することに関してはアメリカ政府はすでに許可を出したし、サムスン電子が有機ELディスプレイを輸出することも許可されたというから、アメリカ政府は徹底した兵糧攻めでファーウェイを潰してやろうとまでは考えていないようだ。また、スマホ関連の部品でも4Gや3Gの製品に使う部品等であれば許可が出るという報道もある。ということは、アメリカ政府はファーウェイが5Gスマホを作ることを阻止したいのだと推測できるが、ではファーウェイが5Gスマホを作らなくなることはアメリカの国家安全にとってどのような意味があるというのだろう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀、保有ETFの売却開始を決定 金利据え置きには

ワールド

米国、インドへの関税緩和の可能性=印主席経済顧問

ワールド

自公立党首が会談、給付付き税額控除の協議体構築で合

ビジネス

多国発行ステーブルコインの規則明確化するべき=イタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story