コラム

エスカレーター「片側空け」の歴史と国際比較

2019年05月09日(木)11時46分

いつしか右側を空けて乗るようになった東京・ビジネス街のエスカレーター Yuya Shino–REUTERS

<首都圏や関西のエスカレーターで定着した「片側空け」の慣習は、必要以上の混雑や威嚇行為につながっている。「恐怖」が支配する現状は、一度リセットした方がいい>

駅などのエスカレーターで、立って乗る人は左側に寄り、右側は歩いて上る人たちのために空けておく慣習が東京で広まったのは1990年代半ばのことのようだ。

初めてその光景を見た時、私は日本でもこういう慣習が広まって良かったなと思った。それ以前には、約束の時間に遅れそうになっているときに、混み合ったエスカレーターでイライラしたこともたびたびあり、本当に急ぐときは階段を駆け上がっていた。ロンドンの地下鉄では立つ人はエスカレーターの右側に乗り、左側は急ぐ人が歩くというマナーが定着していると新聞で読んでうらやましいと思った。

だが、最近10年ぐらいはこの「片側空け」はやっぱりやめてほしいと思うことが多くなってきた。急いでいきたいという気持ちが弱まってきたこともあるが、この慣習が時にかなり不合理で理不尽だと思うようになってきたからだ。

右側に立たざるをえない人もいる

例えば1階から4階に一気に上がるような長いエスカレーターの場合、それに乗る人の95%以上は立って乗りたいと思っている。だが歩く人のために右側を開けておく必要があるため、左側に乗る人はエスカレーターの前で長い行列を作ることになる。一方、歩いて上る人はごく少数なので右側はガラガラである。いかにも非効率な乗り方だ。

また、子供がまだ幼いとき、親はエスカレーターの乗り方を教えようとして手をつないでエスカレーターに二人並んで乗る。一般には幼児の方が右側に立つことになる。すると、十中八九、エスカレーターの右側を足音高く歩いて上ってくる人がいて、その人は幼児の後ろで止まるどころか、そのまま幼児を突き飛ばしてでも追い越そうとする。幼児のうしろで、「どきなさいよ!」と叫ぶ人もいる。

幼児を持つ親の誰もがおそらく何度かそのような恐怖を経験し、その後は幼児とのエスカレーターの乗り方を工夫するようになる。まず手をつないで乗ったら、すかさず幼児を左側のステップに移動させる。買い物袋や赤ちゃんを抱えて大変そうな親が、幼児をそうやって移動させている姿を目にするとき、エスカレーター片側空けの慣習を恨めしく思わざるをえない。

NHKの報道「エスカレーター 止まって乗りたい」によれば、体の障碍によって左手で手すりをつかめないために右側に立たざるをえない人たちもいるが、そうした人たちに対しても後ろから「どけよ!」と容赦のない声が浴びせられるという。

marurussia.JPG
ところ変われば慣習も変わる ロシア・サンクトペテルブルグの地下鉄駅。下りは左側を歩いていく人のために空け、上りは2列で乗っている (筆者撮影)

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story