コラム

資本主義によって貧困を克服する

2018年10月30日(火)14時30分

つまり、集団農業が解体されて、農民たちが自営農民になったことで農民の所得が増え、多くの農民が貧困を克服することができた。

だが、農民を自営農民にするだけでは、一部の農民の貧困をどうしても克服できない。

というのは、中国は土地の面積の割に農村の人口が多いので、農家一戸あたりの土地面積は0.6ヘクタールにすぎない。もし、都市近郊の農民であれば、ビニールハウスで野菜などを作って、けっこうな収益を上げることができる。だが、そんなラッキーな立場の農民ばかりではない。

都市から遠く離れた内陸の山間部、あるいは降水量が少なくて、川からも離れており、育てられるのはトウモロコシぐらいしかない土地に住む農民の場合、農業にどんなに工夫と努力を捧げても貧困から抜け出せないことが多い。中国の農民は自分で農業をやる地域を選べるわけではなく、土地の割り当てをえられるのは自分が生まれ育った村ということになるので、運悪く乾燥した内陸部に生まれたらなかなか前途は厳しい。

そうなるとあとは出稼ぎをして家計を支えるしかない。

私は今年、中国内陸部の四川省、雲南省、河南省で農村をみてきたが、「三ちゃん農業」、すなわち爺ちゃん、婆ちゃん、母ちゃんが農業の担い手、というのはまだましな方で、農村に残っているのは50歳以上の人だけ、それ以下の年齢層はみんな都市部に移住してしまった、という地域もあった。

そしてそのような地域で最近進められているのが、資本主義的な農業への転換である。

土地をまた貸しして大規模農場に

すなわち、農民たちが割り当てられた土地を、大規模な農業経営者に又貸しし、その経営者のもとで労働者として働くのである。1戸あたり0.6ヘクタール程度の土地が転貸を通じて大規模経営者のもとに集約され、20-30ヘクタールぐらいの大規模農場が形成されるのである。そうした大規模農場で働く労働者数は60人から100人以上になることがある。

夫婦が、割り当てられた0.6ヘクタールの土地を大規模経営者に貸し、その農場で労働者として年に8カ月ほど働けば、1年で地代として5000元、賃金として3万5000元程度の収入になるようだ。つまり、一人当たり年に2万元ほどの収入になる。

その地域の貧困ラインは成人一人の年間収入が9000元程度とされているので、大規模農場に土地を差し出してそこで労働者として働けば貧困を脱却できるのである。

中国の農業に詳しい専門家によると、こうした大規模農場がいろいろな地域に広がっているという。こうした農場は「家庭農場」と呼ばれたり、「合作社」と呼ばれたりしている。家庭農場というのは、家族の労働力を主としながら、数名程度の労働者を雇って従来の自営農業より大規模な農業を行うもの、というのが本来の意味である。だが、実際には100人以上の労働者を雇っているものまで表向きは「家庭農場」ということになっている。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story