コラム

資本主義によって貧困を克服する

2018年10月30日(火)14時30分

中国内陸部の大規模農場。タバコの刈り取りが終わり、緑肥となる大麦が覆っている(筆者撮影)

<農民が資本家に土地を貸し、大規模化した農場で働くことで貧困を克服している現場を見てきた。日本の自営業や農業にも参考になりそうだ>

本稿のタイトルをみて、「奇をてらいすぎだ」と思う人も少なくないだろう。

だって、資本主義と言えば、貧富の格差をもたらす体制であるに決まっているではないか。それが貧困の克服に役に立つだなんて、きっと筆者はコラムのネタに事欠いて変なことを言い始めたに違いない、と思う読者も多いに違いない。

だがこの夏、私は中国の農村で、実際に資本主義によって農民を貧困から脱却させようという試みが行われているのを見た。

ここで、「資本主義」とは何かについて定義しておく必要がある。それは、少数の経営者と、その指揮のもとで働く多数の労働者から構成される経済組織である。経営者はその組織の資産を自ら所有している場合、つまり「資本家」である場合と、株式会社の経営者のように他者が所有する組織を経営する場合との両方を含む。

だから、日本の企業は資本主義的企業だし、そうした企業が経済の中心である日本という社会も資本主義社会だ、ということになる。

ただ、日本には経営者・資本家、労働者に加えてもう一種類の人々がいる。それは自営業者である。自営業者は自分で店舗などを保有し、そこで働いているのは自営業者自身とその家族が主で、あとはせいぜい数人の労働者を雇っている程度である。

世に自営業者は少なくない。我々が日常行く小売店や飲食店の多くも自営業者だし、日本の農業もほとんど自営農民によって担われている。統計によれば、日本の就業者の総数約6500万人のうち11%を自営業者とその家族の従業員が占めている。農業と林業に限って言えば、自営業者と家族従業員は全体の73%を占めている。

現状では農民のほとんどは自営農

中国の農業もほとんど自営農民によって担われている。もっとも、厳密に言えば、中国の農民は日本の農民とは違って農地を保有しておらず、農地は村の所有物なので、「自営農民」というのはやや語弊がある。農民は村から農地を割り当てられて、その耕作を請け負っている。

ただ、こうした土地の「請け負い」をだんだん土地の所有に近づけていく方向で改革が進められている。すなわち、中国の農民は自分が請け負っている土地を使ってほぼ自由に農業を営めるだけでなく、土地を他の農民に貸して地代を得ることもできる。その意味で「自営農民」と呼んでも差し支えのない状態に近づきつつある。

かつて中国の農村では、「人民公社」と呼ばれる組織のもとで、農民たちはグループで農作業をしていた。1980年代に、そうした組織を解体し、土地を個々の農家ごとに分け、農家が自主的に農業を経営するようにした。すると農民の生産意欲が刺激されて、農業生産がぐんぐん増えていった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story