コラム

メイカーのメッカ、深セン

2017年03月22日(水)18時23分

だが、深セン市にとって、華強北電気街には必ずしも胸を張れない一面があった。それはコピー商品のメッカという側面である。かつてここはビデオCDプレーヤーやMP3プレーヤーなどを作る零細業者が部品を買い集める場所だった。2006年頃から最近までここはゲリラ携帯電話産業(「山寨手機産業」)のメッカで、ゲリラ業者たちはここで部品を調達し、製品を販売していた。なぜ彼らをゲリラと呼ぶのかというと、彼らは携帯電話の製品認証を回避したり、他者の意匠権や特許権を侵害するなど何らかの違法行為をしているからである。

2011年8月に深センでユニバーシアードが開催された際には、華強北の表通りの携帯電話販売店の多くが市政府の命令によって閉鎖された。市政府は外国から来た選手や関係者たちにコピー商品が並んでいるところを見せたくなかったのである。しかし、ゲリラ業者に言わせれば、ゲリラ携帯電話産業は深セン市に100万人もの雇用を生み出しており、深セン市はこれを一時的に隠すことはあっても決してつぶすことはできないだろうという。

このように華強北電気街とそこに部品を提供している電子部品産業や製造サービスを提供するEMS(電子製品受託製造業者)は、深セン市にとって重要な産業であることは認めざるを得ないものの、大々的に振興するのはためらわれる一面を持った存在だった。

ゲリラ携帯の衰退

深セン市政府はなんとか華強北電気街と地元の電子産業をゲリラ携帯以外のまともな道に向かわせようと努力してきた。例えば、LED照明が出始めたころは、華強北の一角にLED産業スペースを作って盛り上げようとした。しかしその効果は限られていた。

一方、ゲリラ携帯電話業者たちは、まず中国の農村部、そのあとはインドやアフリカと、焼き畑農業式に世界じゅうに携帯電話を売りまくってきた。だが、品質が劣悪なため、ゲリラ携帯電話を買うのはエントリーユーザーぐらいしかいない。世界的にタッチパネル式のスマホに需要が移り始めた2012年、ゲリラ携帯電話産業は新たに開拓する市場もなくなって、急速に衰え始めた。華強北電気街でもかつてゲリラ携帯販売業者が密集していたビルが空きスペースだらけになってしまった。

ゲリラ携帯電話産業の終焉とともに衰退傾向が見え始めた華強北電気街とその背後にある電子産業にとってメイカーの勃興は新たな活路として期待できる。世界のメイカーたちを深センに集め、彼らのものづくりを支援することは、メイカーたちが部品を購入する華強北電気街と地元の電子産業を間接的に支援することになる。深セン市政府がメイカー振興にがぜん力を入れているのはこのような事情も作用していると思われる。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇

ワールド

「ガザは燃えている」、イスラエル軍が地上攻撃開始 

ビジネス

英雇用7カ月連続減、賃金伸び鈍化 失業率4.7%

ワールド

国連調査委、ガザのジェノサイド認定 イスラエル指導
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story