コラム

性犯罪から子どもを守る新制度「日本版DBS」の致命的な盲点

2023年10月17日(火)22時00分

このうち、日本では、前述したように、「①犯罪者」に関心が集中している。もっとも最近は、「②被害者」にも関心が寄せられるようになったが、未だその程度は微弱だ。さらに「③場所」に至っては、まったくと言っていいほど、関心が払われていない。

事件が発生すると、犯罪者だけを責めて終わり、という風潮がずっと続いている。もちろん、犯罪者に責任があるのは当然だ。しかし、犯罪者を責めるだけでは、被害者は救済されない。「③場所」の責任を認めて、初めて被害者が金銭的補償を得る可能性が高まる。

 

「③場所」の責任とは、場所の所有者や管理者が、犯行の機会を可能な限り減らす義務のことだ。海外では、この義務を軽視して、犯罪の機会を放置している間に犯罪が発生した場合、被害者が損害賠償を求めるのが普通に行われている。

イギリスでは、こうした犯罪機会論の法制化さえ実現させた。1998年の「犯罪および秩序違反法」がそれだ。その17条は、地方自治体に対し、犯罪防止の必要性に配慮して施策を実施する義務を課している。自治体がこの義務に違反した場合には被害者から訴えられる、と内務省が警告している。そのため、建物・公園の設計からトイレ・道路の設計まで、犯罪機会論が幅広く実践されている。

日本では、犯罪機会論を知る人は少なく、その法律もない。そのため、子どもの防犯といえば、防犯ブザーや「大声で助けを呼べ」「走って逃げろ」といった護身術など、個人で防ぐ「マンツーマン・ディフェンス」だけだと思われている。しかしこれは、襲われたらどうするかという「クライシス・マネジメント」だ。

対照的に、犯罪機会論は、場所で守る「ゾーン・ディフェンス」なので、襲われないためにどうするかという「リスク・マネジメント」になる。

犯罪機会論では、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。したがって、ゾーン・ディフェンスは、場所を「入りにくい場所」と「見えやすい場所」にすることだ。前述した、場所の所有者・管理者が犯行機会を減らす義務とは、具体的には、場所を「入りにくくすること」と「見えやすくすること」なのである。

DBSは犯罪機会論の実効性を高めるシステム

さて、話をDBSに戻そう。

性犯罪から子どもを守る対策は、学校や保育所などを「入りにくく見えやすい場所」にすることに尽きる。その手法は、ハード面とソフト面に分けることが可能だ。このうち、ハード面の対策は防犯環境設計と呼ばれ、オランダには専門のコンサルティング会社もある。

一方、ソフト面の対策がDBSである。Disclosure(開示)は、学校や保育所などを「見えやすい場所」にすることで、Barring(禁止)は、学校や保育所などを「入りにくい場所」にすることだ。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ大統領府長官が辞任、和平交渉を主導 汚職

ビジネス

米株式ファンド、6週ぶり売り越し

ビジネス

独インフレ率、11月は前年比2.6%上昇 2月以来

ワールド

外為・株式先物などの取引が再開、CMEで11時間超
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 10
    バイデンと同じ「戦犯」扱い...トランプの「バラ色の…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story