コラム

日本特有の「不審者」対策がもたらした負の影響

2022年02月17日(木)11時20分

まず、「不審者」という言葉を使っている限り、防犯効果は期待できない。

子どもたちは、「不審者に気をつけろ」と教わっているが、不審者像を学校で聞いてみると、「くろいぼうしをかぶって、マスクをつけていて、くろいズボンや服を着ている人」(小5男児)、「黒いふくそう。サングラス。マスク。黒いぼうし。ひそひそと、あやしく歩いている人」(小6女児)などという答えが返ってきた。どうやら、児童が考える不審者の三種の神器は、サングラス、マスク、黒い帽子のようだ。しかし、そうした姿の誘拐犯人は聞いたことがない。

かつて鎌倉市のウェブサイトには、「不審者に注意!」という見出しで、「帽子を真深にかぶったり、サングラスをかけたり、大きなマスクをしているなど、また、異様に俯いて歩いてるなどの場合は注意が必要です。ただし、風邪や花粉症でマスクやサングラスをしていたり、ファッションとして帽子やサングラスを着用することはありますので、十分注意してください」という記述があった。しかし、これでは、サングラスやマスクをしている人に注意するのかしないのか、さっぱり分からない。

警察庁が発表した「子どもを対象とする略取誘拐事案の発生状況の概要」(2003年)によると、「だまし」を用いた誘拐事件は、全体の55%だった。この調査の対象者には、中学生と高校生も含まれているので、小学生以下に限って推計すれば、被害児童の8割程度が、だまされて自分からついていったことになる。確かに、東京・埼玉連続児童殺人事件(宮崎勤事件)も、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)も、奈良女児誘拐殺害事件も、だまして連れ去ったケースだ。

また、16歳以上の大人を対象に、法務省が行った「犯罪被害の実態調査」(2019年)では、性的事件の届出率は14%であった。つまり、警察が把握した事件の7倍の性被害が実際には発生していたのである。したがって、子どもに限って推計すれば、警察が把握している性犯罪は、全体の1割にも満たないと言わざるを得ない。

本当の不審者は、目立たない

なぜ、だまされるケースが多発するのか。それは、「不審者に気をつけろ」「知らない人にはついていくな」と、子どもを「人」に注目させているからである。

本当の不審者は、防犯チラシに登場する不審者のように、マスクをしたりサングラスをかけたりはしない。むしろ普通の大人を装い、目立たないように振る舞う。

また子どもの世界では、知らない人と道端で二言三言、言葉を交わすだけで知っている人になってしまう。ましてや、数日前に公園で見かけた人は、すでに知っている人である。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、ウクライナに大規模ドローン攻撃 西部リビウ

ワールド

トランプ氏「イランが重大な譲歩」、ホルムズ巡る展開

ワールド

米、空挺部隊数千人を中東に増派へ イランへの派遣は

ワールド

イスラエル、レバノン南部に「緩衝地帯」構想 国防相
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆保険」を達成した中国の医療保険の実態とは
  • 2
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 3
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下位になった国はどこ?
  • 4
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 5
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 6
    スペイン王室、王妃と王女の装いに見る「母から娘」…
  • 7
    「買ったら高いじゃん?」アカデミー賞会場のゴミ箱…
  • 8
    「日本人のほうが民度が低い」を招いてしまった渋谷…
  • 9
    表情に注目...ニコール・キッドマン、大富豪夫妻から…
  • 10
    イラン戦争、トランプを泥沼に引きずり込む「5つの罠…
  • 1
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 2
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 9
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 10
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story