コラム

「生活費の危機」のなか、優先された経営者たちの報酬アップ...庶民との格差は79倍→118倍に拡大(英)

2023年08月23日(水)18時10分

アストラゼネカのパスカル・ソリオCEOの報酬1532万ポンドは一般労働者の年収の464倍。英国最大の防衛企業であるBAEシステムズはロシアのウクライナ侵攻により国防費が増え続けていることから、昨年に続き今年も売上高がさらに拡大する見通しだ。エネルギー・資源企業の業績が好調なのもCEOの手腕とはあまり関係がないと言っても差し支えあるまい。

英国家統計局(ONS)によると、今年4~6月のボーナスを除く賃金の年間伸び率は比較可能な01年以来最も高い7.8%を記録。しかし住宅関連コストを含む消費者物価指数(CPIH)は6.4%と依然として高く、多くの世帯が住宅ローン金利の上昇(7.68%増)、住宅賃貸料(5%増)や食品・飲料費(14.9%増)の高騰に苦しんでいる。

企業の取締役会に労働者を加えよ

英国の労働組合会議(TUC)のポール・ノワック書記長は「何百万もの家庭が生活費の危機で家計がズタズタになっている一方で、金融街シティの役員は大幅な報酬アップを享受している。企業に必要な常識と自制心を注入するために、取締役会の席を労働者に与えなければならない」と憤る。

人材確保のため、FTSE100企業の74%がストックオプションプランなど株式報酬による長期インセンティブ(LTI)を支払っており、21年の71%から増加。LTI平均支給額は21年の149万6000ポンド(約2億7800万円)から179万1000ポンド(約3億3300万円)に増えた。HSBC、ロイズ、ナットウェストなど金融セクターの多くの企業がLTIを導入している。

ノワック書記長は「トップ層だけでなく、すべての人々により良い生活水準をもたらす経済が必要だ。しかし、保守党政権下の英国はグロテスクな『極端主義』の国になってしまった。国中の世帯が食卓に食べ物を並べるのに苦労している一方で、ドイツ製高級車ポルシェの売れ行きは記録的な水準に達している」と指摘する。

「ハイ・ペイ・センター」は格差解消のため、(1)役員報酬を決定する委員会に最低2人の労働者代表を含めることを企業に義務付ける(2)労働組合加入と団体交渉のメリットを労働者に伝えるため、組合の職場への立ち入りを保証する(3)組合と使用者が部門を超えて交渉するための新たな機関を設立する――ことを求めている。

全従業員に共通のプロフィットシェア(利益配分)の導入を

企業は役員以外の高額所得者や下請け労働者を含む低額所得者の報酬についてより詳細な情報を開示し、個々の企業の賃金交渉や賃金格差についてオープンに議論することや、長期インセンティブ(LTI)制度を段階的に廃止し、その代わり全従業員に共通のプロフィットシェア(利益配分)のような仕組みを導入することも提案している。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story