コラム

「日本人の責任とは思わない」の声もあるが...英史上最悪の「冤罪」事件、富士通の責任は?

2023年03月11日(土)14時53分

フロアにはSSCのスタッフ25~30人と6人以上の検査チームがいた。ホライゾンに接続されたコンピューター1台と電子メールの送受信やインターネットの検索に使うもう1台のコンピューターがあった。支店で現金過不足が発生した場合、ロール氏らは24時間分のデータと何千行ものソフトウェア・プログラムに目を通した。

より簡単にエラーを見つけられるよう無関係なデータを取り除いていく。エラーが1つなら特定するのは簡単だが、雪ダルマ式に増える複数のエラーがしばしばあった。準郵便局長の計算ミスなのか、コードのミスなのか、それともその両方なのか。「私たちの任務はホライゾンを稼働させ、富士通が金銭的ペナルティーを受けないようにすることだった」という。

コーディングの問題点を発見できれば、もうけものだった。銀行振込が3日以内に行われなければ、富士通UKがポストオフィスに支払う金銭的ペナルティーが発生する。1件1件はわずかでも滞る取引数によって罰金は何千倍にも膨れ上がってしまう恐れがある。ロール氏らの仕事は金銭的ペナルティーを最小限に抑えながらシステムを回し続けることだった。

「システムを一から書き直す必要があった」

「根本的な原因はホライゾンがクソだ、ということはみんな知っていた。システムを一から書き直す必要があった。しかし、そのようなことは起きなかった。なぜなら、そのための資金もリソースもなかったからだ。富士通がポストオフィスにホライゾン・プロジェクトから撤退すると告げていたら、まずいことになっていたはずだ」(ロール氏)

ホライゾンのコーディングには定期的に問題が判明した。ロール氏らは問題を富士通のソフトウェア開発者に報告した。開発者は修正に取り組み、ロール氏はその問題に関連するシステムの監視を続けた。準郵便局長らからホライゾンによる現金過不足の苦情が申し立てられた場合、ロール氏らは問題をフォローするよう頼まれた。

他の準郵便局長らにも影響を及ぼすバグやエラーが見つかってもデータの矛盾やエラーの原因がホライゾン自体にあることは知らされなかった。準郵便局長に知らせずにブラックネルのオフィスから支店カウンターのデータを修正する場合もあった。多くの場合、カウンターのデータの問題を特定した。何が問題なのかは分かっていたので修正できた。

準郵便局長らには「支店のカウンターにデータの破損か何かが発生し、修正する必要がある。修正しなければ、あなたのアカウントに問題が生じるだろう」とだけ伝えられた。根本的な問題を引き起こしたのがコーディングエラーであることが準郵便局長らにフィードバックされることはなかった。そして冤罪は産み落とされた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、米国に抗議 台湾への軍用品売却で

ワールド

バングラデシュ前首相に死刑判決、昨年のデモ鎮圧巡り

ワールド

ウクライナ、仏戦闘機100機購入へ 意向書署名とゼ

ビジネス

オランダ中銀総裁、リスクは均衡 ECB金融政策は適
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story