コラム

欧州の炭素価格が80ユーロを突破、インフレ加速の懸念を抱えながらも動き出した大市場

2021年12月07日(火)17時04分

炭素市場価値の9割を占めるEU市場

6条についてルールは決まったものの、民間のボランタリー市場や、コンプライアンス市場がどう立ち上がるのか、森林保全・再生など吸収源はどう扱われるのか、プロジェクトの方法論などの運用はこれからだ。一部の環境団体は、カーボンオフセット(どうしても避けることができない排出を削減への投資などと相殺すること)を認めた6条は排出削減の「抜け穴」になると依然として厳しい見方を示している。

COP26での合意について、独ライプチヒにある欧州エネルギー取引所のトビアス・パウルン最高戦略責任者は「ここ数年、世界各国で排出削減量取引制度(ETS)の導入が進んでおり、今回の合意はカーボンプライシング(炭素価格付け)への支持がいかに広く浸透しているかを示している」と評価する一方でこんな見方を示す。

「しかしグローバルなカーボンプライシングや、経済全体をカバーするコンプライアンス市場のようなアプローチがない場合、ボランタリー市場の役割が大きくならざるを得ない。それぞれの経済やセクターの範囲に合わせた異なる炭素価格が存在し続けるだろう。今のところ、法的に義務付けられた『EU ETS』は世界最大かつ最も重要なキャップアンドトレードシステム(排出量に上限を設け排出企業・事業に割り当て、余剰排出量や不足排出量を売買する仕組み)だ」

森林再生・修復プロジェクトの入札を開始する英市場

2020年にEU ETSは世界の炭素市場価値のほぼ9割を占めるまでに拡大した。EUにおける排出削減量の総取引量は81億トンにのぼり、次に大きな市場である北米の取引量の4倍に達したとパウルン氏は胸を張る。イギリスがEU離脱に伴い今年1月に独自に立ち上げたUK ETSについて「イギリスと欧州経済領域(EEA)の歪んだ競争を回避するため、2つのシステムはできるだけ早く再リンクすべきだ」と訴える。

EUは炭素国境調整措置を導入し、域外からの輸入品に炭素課金を行う方針だ。これについてパウルン氏は「国同士や異なる地域間で同等のカーボンプライシングに向かう過渡的なツールとしてのみ存在すべきだ。EUの炭素国境調整措置が発表されたことで、例えばトルコでは排出削減の野心が高まっている。しかし長期的には調整措置は不要になることが望ましい。気候変動対策を進めるためには国際協力の強化が欠かせないからだ」と解説する。

一方、英政府からUK ETSの入札を引き受けたインターコンチネンタル・エクスチェンジ(ICE)のユーティリティー市場担当マネージング・ディレクター、ゴードン・ベネット氏は「UK ETSはわずか半年余りで世界第3の規模を誇るキャップアンドトレードの先物市場に成長した。UK ETSの流動性は取引量、建玉数ともに増加しており、建玉数は5千万トンの炭素に相当する」とEU ETSとは別にUK ETSが存在する意義を強調する。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 8
    三船敏郎から岡田准一へ――「デスゲーム」にまで宿る…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story