コラム

英エネルギー危機の思わぬ波紋 天然ガス高騰で食肉やビール、発泡酒に打撃 やはりプーチン大統領は侮れず

2021年09月20日(月)21時59分
天然ガス不足で操業停止に陥ったイギリスの工場

先週、天然ガス不足のため操業を停止すると発表した英化学会社、CFインダストリーズの工場(バーミンガム、9月20日) Lee Smith- REUTERS

[ロンドン発]天然ガスの需給が逼迫し、価格が高騰している。欧州連合(EU)欧州議会議員は「ロシア大手エネルギー企業ガスプロムが天然ガスをバルト海経由でドイツに運ぶガスパイプライン『ノルドストリーム2』を巡り、EUに圧力をかけているためだ」と非難している。一方、イギリスでは思わぬ天然ガス危機が勃発している。

米エネルギー情報局(EIA)によると、天然ガス先物取引価格は昨年6月にmmBtu(百万英国熱量単位)当たり1.482ドルで底を打ってから上昇し始め、今年9月14日には同5.26ドルを記録した。実に3.55倍もの高騰だ。この価格は日本や欧州では2倍から3倍跳ね上がる。昨冬の大寒波とコロナ危機からの回復に伴う中国やアジアの需要増大が原因だ。

天然ガス先物取引価格.jpeg

世界最大の天然ガス産出国はアメリカ、2番目はロシア。冬に向け欧州ではエネルギー価格が家計を圧迫し始めている。欧州議会議員の有志グループはEUの行政執行機関、欧州委員会に対し「われわれはガスプロムによる意図的な市場操作とEUの競争ルール違反の可能性について早急に調査を開始するよう求める」という書簡を送った。

「ノルドストリーム2の早期稼働を」

EUは天然ガス輸入の約4割をロシアに依存している。2008年のジョージア(旧グルジア)危機、14年のクリミア危機を経験した欧州は輸入元の分散、再生可能エネルギーの拡大によりロシアへのエネルギー依存度を減らそうとしてきた。しかしロシアに「ガス栓」を止められると簡単にエネルギー危機に陥ってしまう。冬には凍死者が出るかもしれない。

ノルドストリーム2はウクライナを通らずにロシア産天然ガスをドイツに送る海底ガスパイプライン。今月11日に工事は完了したものの、ロシアへのエネルギー依存を高める上、パイプライン通過収入を得てきたウクライナへの打撃になるとして、欧米諸国には依然として根強い反対論がくすぶる。

ロシアが年内稼働を確実にするため、天然ガスの需給逼迫に乗じて欧州への供給量を絞っているのではないかと欧州議会議員は疑っている。ノルドストリーム2が稼働すればドイツはロシアからの天然ガス輸入量を事実上2倍にできる。資源国ロシアと製造国ドイツの紐帯をさらに強める地政学上の巨大プロジェクトで、ドイツは基本的に前向きだ。

ロシア側は意図的な市場操作を全面的に否定し、「ノルドストリーム2の早期稼働こそ欧州に天然ガス価格の安定をもたらす」と一刻も早くガスパイプラインの使用を認めるようせっついている。ここまでなら、これまでにも幾度となく繰り返されてきたストーリーなのだが、イギリスでは予想もしていなかった事態が出来している。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 3
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 4
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 4
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story