コラム

イギリスがデルタ株の感染再燃で正常化先送りなのに、G7参加の菅首相は「五輪開催」宣言

2021年06月12日(土)18時47分

ユーロ2020はグラスゴーやロンドンなど欧州10カ国11都市で分散開催される。ローマで行われた11日の開幕試合ではイタリアがトルコに3-0で快勝した。数千人のファンがスタジアムに集まり、さらに多くのサポーターが開催都市のパブやバーに参集する。これまでにスペイン2人、スウェーデン2人、チェコ数人の選手のコロナ感染が分かっている。

昨年春の第1波で欧州が甚大な被害を出したのは、パスポートなしでシェンゲン協定加盟26カ国内を自由に行き来できたことが一因だ。それぞれの開催国によってワクチン接種や感染状況、観客の入場制限も異なる。ユーロ2020開催にゴーサインが出たのは欧州ではワクチン接種が進んでいることに加えて、サポーターの強い要望、正常化への期待があったからだ。

G7首脳会議に出席している菅義偉首相は東京五輪・パラリンピックに関し「子供や若者に夢や感動を伝えたい。東日本大震災からの復興を遂げた姿を伝える機会にもなる。安全安心な東京大会の開催に向けて万全な感染対策を講じ、準備を進めていく。世界のトップ選手が最高の競技を繰り広げることを期待する」と改めて開催する意思を表明した。

アフリカより選手村優先に疑問

一方、朝日新聞の世論調査では東京五輪の「中止」を求める声は43%、「再延期」が40%にのぼり、「今夏に開催」は14%にとどまっている。「1日100万回」を目指すワクチン接種は何とか60万回を超える日も出てきた。ウイルスは自分で動き回ることはできないため、人の移動に伴って感染していく。五輪開催で感染リスクが高まることは否めない。

世界保健機関(WHO)は「世界では21億回以上が接種されたが、アフリカはその1%に満たない。アフリカ大陸の人口約13億人のうち1回の接種を受けたのはわずか2%。2回接種を終えたのは940万人に過ぎない」という。このためG7ではワクチン10億回分を途上国に無償提供することで合意する見通しだ。

国際オリンピック委員会(IOC)は選手村に居住する関係者の8割超にワクチンを接種して五輪そのものを"集団免疫"する考えだが、途上国へのワクチン接種が全く進んでいないのに、商業化した五輪優先のワクチン接種が人道的に許されるのか。ワクチンの感染予防効果が分からない中、五輪が"ステルス感染"の震源地になる恐れも否定できない。

長期戦になり、コロナ患者を受け入れる医療現場の疲労の色は濃い。患者が増えるとすぐに逼迫する医療に国民の不安も膨らむ。政治と科学、政府と専門家の溝はどんどん広がっている。「五輪開催」という菅首相の政治決断に「安心安全」を支える科学的根拠は一体どれぐらい含まれているのだろうか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story