コラム

米中スパコン戦争が過熱する中、「富岳」の世界一が示した日英技術協力の可能性

2020年06月26日(金)11時25分

米中のスパコン開発にはサイバー空間を行き交う情報の暗号化や解読技術の獲得、核兵器の近代化や貯蔵という国家安全保障上の活用が念頭に置かれている。しかし日本のスパコン開発は以下の平和利用に限定されている。

(1)健康長寿社会の実現(革新的創薬、統合計算生命科学)
(2)防災・環境問題(地震・津波、気象・地球環境)
(3)エネルギー問題(エネルギー創出・変換・貯蔵、クリーンエネルギー)
(4)産業競争力の強化(新機能デバイス・高性能材料、革新的設計・製造プロセスの開発)
(5)基礎科学の発展(宇宙)

単純化して言うと、演算能力が倍になれば創薬や新素材、新製品の研究開発スピードも倍になり、「ものづくり日本」の研究開発力は倍化する。ウイルスのタンパク質の構造を正確に把握できれば、ワクチンや治療薬がどのような条件でよく働くかを知ることができる。パンデミックのように時間が限られている時ほどスパコンは威力を発揮するのだ。

ソフトバンク傘下の英ARMの貢献

筆者は英国に暮らしているので、ソフトバンクグループが2016年に買収した英半導体設計大手ARMの果たした役割にも注目したい。

ARMは性能が増しても回路の複雑さを増やさない設計で消費電力を抑え、携帯電話の普及とともにシェアを拡大してきた。スパコンにも進出し、「富岳」にもARMの設計が採用された富士通のプロセッサーが使われている。

「富岳」の演算能力は2位サミット(米IBM)の約2.8倍。コア数はそれぞれ729万9072個と241万4592個で3倍の開きがある。コア数が勝負を分けたと言っても差し支えあるまい。業界関係者は「富岳は世界一の性能を28メガワットで実現した。これを分散コンピューティングで行った場合100メガワット程度の電力が必要になる」と指摘する。

第二次大戦で解読不可能とされたナチスドイツのエニグマ暗号機を解き明かし、コンピューター開発の扉を開いたのは英国の数学者アラン・チューリングだ。新型コロナウイルスのワクチン開発のスピードを見ても、英国の大学力と研究開発力は突出していることが分かる。

グレート・デカップリング(米中分断)が急激に進み、新冷戦の様相が強まる中、「富岳」は日本のスパコン技術やプロセッサーが世界レベルを維持していることを示した。また米国の重要なジュニアパートナーである日英の技術が融合してスパコン世界一を達成したことは、両国の技術協力の未来を開く可能性としても注目される。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story