コラム

「命のビザ」杉原千畝氏とユダヤ人少年が灯したロウソクの火を消すな

2019年08月15日(木)07時30分

領事館が閉鎖されてから列車がプラットフォームを離れるまで杉原氏はユダヤ人にビザを発給し続けた。何人にビザが発給されたのか、正確には分からない。

ユダヤ人を満州国に招いて開発に協力させる計画との関連も取り沙汰されたが、杉原氏は後のインタビューで「そうするのが正しいことだと信じたからだ」と満州国入植説を否定している。

1941年6月、今度はドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連を攻撃する。ソ連軍や戦車、ユダヤ人難民や共産主義者のリトアニア人に混じって、ガノール少年の家族もソ連国境に向かって馬車で避難する。

しかし行く手をドイツ軍のパラシュート部隊に遮られ、引き返さざるを得なかった。リトアニア人によるユダヤ人虐殺が始まり、ガノール少年の家族は7月、カウナス近くのゲットー(ユダヤ人居住区)に収容される。

ゲットー全体で3万人のユダヤ人が収容されたが、処刑や強制労働で2万5000人が亡くなった。

ソ連軍が攻め返してきた1944年7月、ポーランドのシュトゥットホーフ強制収容所に移されたガノール少年らは連合国軍の空爆を避けてジェット戦闘機を製造する地下工場建設に駆り出される。

1日たった400カロリーで50キロのセメント袋を運ぶ強制労働。飢えや暴力で多くが死亡した。ガノール少年はドイツ軍の厨房で働き、食材を盗んで家族と分かち合って生き延びた。

日本との不思議な縁

1945年4月、ミュンヘンにつながる道で穴を掘るように命令される。対戦車砲を設置するためだった。そしてその日の午後、ドイツのダッハウ強制収容所に移動させられ、アルプスに要塞を築くため1万人が駆り出される。食べ物も与えられず、半分が死亡した。

米軍がすぐそこまで迫っていた。5月、ガノール少年が目を覚ますと白い雪が体を覆っていた。軍の車両が近づいてきた。彼らはドイツ語ではなく、英語を話していた。しかし米兵のようには見えなかった。

杉原氏と同じような顔をした兵士が言った。「君は自由、自由だよ、少年!」。そして「僕たちは日系アメリカ人だよ」と笑った。リトアニアのユダヤ人25万人のうち最終的に約4%しか生き残れなかった。

ガノール少年は日本に不思議な縁を感じたという。日韓の争いがますますエスカレートする終戦記念日だからこそ、ガノール少年と杉原氏の間に灯った1本のロウソクの火に少しでも思いを致してほしい。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、新たに遺体受け取り ラファ検問所近く開

ビジネス

米11月ISM非製造業指数、52.6とほぼ横ばい 

ビジネス

マイクロソフトがAI製品の成長目標引き下げとの報道

ワールド

「トランプ口座」は株主経済の始まり、民間拠出拡大に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 6
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    トランプ王国テネシーに異変!? 下院補選で共和党が…
  • 9
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story