コラム

EU離脱まで1年 北アイルランドに漂う暗雲 武装組織による「パニッシュメント」増加

2018年04月06日(金)14時02分

皮肉なことに「平和の壁」と呼ばれるベルファストの壁(筆者撮影)

[ベルファスト発]イギリスの欧州連合(EU)離脱まで1年を切った。2020年末まで続く「移行期間」の条件をどうするか──イギリス、EU双方の間に大きく立ちはだかっているのが北アイルランド(イギリスを構成する4地方のうちの一つ)とアイルランドの国境問題だ。

北アイルランドでは、イギリスから分離してアイルランドとの統合を求めるカトリック系住民と、イギリス残留派のプロテスタント系住民が激しく対立。1968年から30年間続いた紛争で3,600人以上が命を落とした。

1998年の「聖金曜日協定(ベルファスト合意)」でプロテスタント系、カトリック系住民による自治政府の共同統治がスタートした。しかし2008年の世界金融危機をきっかけに逆回転が始まり、再び、それぞれの帰属(アイデンティティー)に重点が戻り始めた。

2017年1月に自治政府が崩壊して以降、北アイルランドではプロテスタント系、カトリック系の政党が対立し「無政府状態」が続いている。スコットランドやカタルーニャの独立問題にせよ、ブレグジット(イギリスのEU離脱)にせよ、底流にはアイデンティティーへの執着がマグマのように渦巻いている。
MAS_0057 (720x480).jpg
昨年1月から閑散としている北アイルランド自治議会の議場(筆者撮影)

テリーザ・メイ英首相はEUの単一市場と関税同盟、欧州司法裁判所(ECJ)の司法管轄権からの完全離脱を唱えている。このため、これまでは自由に行き来できた北アイルランドとアイルランドの間に税関や入管といった「目に見える国境」が復活する恐れが出てきた。

民族の分断はいやだ

国境問題をめぐるEU離脱交渉にはいくつかのシナリオがある。

(1)イギリスがEUの単一市場と関税同盟と全く同じ枠組みを作って国境の復活を避ける

(2)最先端のテクノロジーを使って目に見える税関や入管の復活を回避する。夢物語の段階で、実現できるかどうか何のあてもない

(3)北アイルランドにだけEU加盟国と同じ地位を認める。アイルランド島とグレートブリテン島を隔てるアイリッシュ海に新たな「国境」ができるため、メイ政権を支える北アイルランドのプロテスタント系政党、民主統一党(DUP)は強硬に反対

(4)北アイルランドとアイルランドの間に「目に見える国境」復活。アイルランドのレオ・バラッカー首相は拒絶

おそらく(1)と(2)の組み合わせがイギリス、EU双方の着地点になると筆者はみる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、高金利で住宅不況も FRBは利下げ加速を=財務

ワールド

OPECプラス有志国、1─3月に増産停止へ 供給過

ワールド

核爆発伴う実験、現時点で計画せず=米エネルギー長官

ワールド

アングル:現実路線に転じる英右派「リフォームUK」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story