コラム

水道事業の民営化で水の安全が脅かされるという話の虚実

2018年12月11日(火)15時10分

地域によって水道料金には大きな違いがある

意外と知られていないことだが、市町村ごとに水道の料金体系はバラバラとなっており、しかも水道料金そのものにかなりの違いがある。このため、いざ広域連携しようと思っても利害関係が思うように進まないのだ。

同じ東京都でも23区の場合、10立方メートル(口径13mm)あたりの水道料金は1080円だが、昭島市は480円と半額以下である(利用量によって条件は変わる)。全国でもっとも高い水準の自治体になると、同じ条件で2000円を超えるところもある。

水道料金にこれほどの違いがあるのは、給水人口や水源の違いなどによって単位コストが大きく変わってくるからである。昭島市の場合、水源がすべて地下水なので、ダムから取水する必要がなく、これが料金低下につながっている。

改正法では広域連携をスムーズに進めるための協議会設置などが盛り込まれたが、どの程度、効果を発揮するのかは未知数だ。

広域連携とは別の形で水道事業の立て直しを図る目的で改正法に盛り込まれたのが民営化である。改正法で想定されているのは、水道事業の運営権を民間企業に売却する「コンセッション方式」と呼ばれる形態である。

この方式は自治体が施設を所有したまま、運営権のみを売却するというもので、運営権を購入した企業は自治体に代わって水道事業の運営を行う。施設の所有者は自治体のままだが、料金の設定や徴収、設備のメンテナンスなどはすべて民間企業が行う。

コンセッション方式の最大のメリットは、自治体に売却代金が入ることである。多くの自治体が財政的に苦しい状況に追い込まれており、地方自治体の財政問題は政府よりも深刻と言われる。運営権を売却できれば、資金を負債の返済に回せるので、財政状況を改善できる。

これに加えて、民間企業にはコスト削減のノウハウがあるので、自治体が運営するよりも低コスト化を実現できる余地がある(あくまで一般論だが)。長年の公営事業の慣習から、調達品の入札などがマンネリ化し、コスト高になっていることは十分に考えられる。民間の競争原理をうまく働かせれば、従来よりも合理的に水道事業を運営できる可能性があることは否定できないだろう。

問題の本質は民営が公営ではなく、このままでは水道事業が存続できないという現実

水道民営化については、水道事業そのものが民間に売却されるとの誤解があり、一部、メディアもそうしたトーンで報道を行っているが、売却されるのは運営権だけで、水道インフラそのものが民間の所有物になるわけではない。したがって、企業の都合で突然、水道がなくなるといった事態までは心配しなくてもよいだろう。だが、民営化すればすべてがバラ色というわけにはいかないのもまた現実である。

すでに多くの自治体で水道事業の維持が困難になっているという現状を考えると、仮に民間企業がコスト削減を行っても限界がある。過疎地域を中心に、結局は水道料金が上がってしまう可能性は高いと考えられる。災害時において民間企業がどの程度まで対応できるのかについても未知数だし、そもそも規模の大きい自治体でなければ黒字運営自体が難しく、事業を引き受けてくれる企業が現れるのかという問題もある。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

G20首脳会議が開幕、米国抜きで首脳宣言採択 トラ

ワールド

アングル:富の世襲続くイタリア、低い相続税が「特権

ワールド

アングル:石炭依存の東南アジア、長期電力購入契約が

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 7
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 8
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story