コラム

高橋洋一vs.田中秀明「統合政府論」バトルを投資家視点で見ると

2016年12月06日(火)18時38分

 では、消えてしまった借金はどこに行ったのだろうか。それは日銀当座預金ということになる。日銀は400兆円の国債を保有する代わりに、同じ金額分の通貨(日本銀行券と当座預金)を発行しているので、この会計上の操作は、政府債務を貨幣化したことにほかならない。簡単に言ってしまえば輪転機を回して借金分だけお札を印刷したというわけだ。

 ここで両氏は当座預金の債務性について論争を繰り広げている。田中氏は、当座預金を帳消しにはできず、しかもこれを維持するためには、相応の金利負担が必要であり、実質的に国債と変わらないと主張。高橋氏は、原則として当座預金は無利息で償還期限はないので実質的な債務性はないと主張し、両氏の主張は対立している。というよりも、両氏の主張はあまり噛み合っていない。

 ただ、実務的な視点で考えれば、当座預金はルール上いつでも金融機関が紙幣として引き出せるものなので、かなり現金に近い存在と考えてよい。当座預金を維持するためにテニクカルにいくらの金利が必要なのかという話はさておき、高橋氏が主張するように、当座預金は一般的な意味での債務という解釈にはなりにくいだろう。投資家であれば、おそらく大半がそう考えるはずだ。

日本社会でインフレをコントロールすることの難しさ

 ただ、いくら債務性がないとはいえ、ルール上は、当座預金のすべてを紙幣として引き出せるのだとすると、当然、その先にはインフレという4文字がイメージされてくる。田中氏の論考は長く、議論も多岐にわたっているのだが、おそらく田中氏が主張したかったのは、当座預金の債務性の有無というよりも、インフレが発生した時のリスクの部分だと考えられる。

 もし実際にインフレになれば、預金者から実質的に税金を徴収することなり、これはインフレという名の徴税に相当する(インフレ課税)。これについても学術的にはいろいろあるのだろうが、実務家にとってフリーランチ(タダ飯)は存在しない。作った借金は何らの形で誰かが負わなければならず、この場合には預金者が事実上の納税者として負担しているわけだ(取られた本人は気付かないかもしれないが)。

 こうした事態を防ぐには、当座預金にマネーを閉じ込めておく必要があるが、そうなると今度は田中氏が主張するように相応の利払いが発生する。国債を保有していることと何も変わらず、財政再建は達成できない。強制的に引き出しを禁じた場合も同様である。銀行収益の低下と預金金利の引き下げ、手数料の増加という形で結局は国民負担が発生する。

 高橋氏は、2%の物価目標が達成できていないうちにインフレの議論をするのは杞憂であり、仮にインフレになっても、インフレターゲットを設定することで状態をコントロールできるとしている。

 理屈からすれば、高橋氏の主張の方に妥当性があるようにも思える。だが投資家というのは、世の中は、机上の理屈通りには動かないと考える生き物でもある。特に日本社会の場合、一度「空気」が醸成されてしまうと、その内容がいかに馬鹿げたものであっても、誰にもそれを止められないという、非合理的な事態がしばしば発生する。

【参考記事】世界の経済学者の「実験場」となりつつある日本

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story