コラム

プーチン政権のアキレス腱は反体制派ではない

2021年07月07日(水)11時30分

ロシア国民も時に反政府デモを起こす MAXIM SHEMETOVーREUTERS

<自由と民主主義よりも経済的恩恵を求める国民に迫る危機>

ロシアはどういう国か? 

まず大きい。端から端の時差は実に10時間(人口は日本に近い1億4000万人強だが)。ロシア人は実は自己中で、政府にいつも従うわけではない。デモも起きるし役人の収賄や横領も珍しくない。

これが民主主義で治まるわけがない。実際、1991年のソ連崩壊後しばらくは「自由と民主主義」を国是にしてみたものの、それは「銃とカネ」が支配する社会をもたらした。

ロシアの大衆は、これを忘れない。インテリが「自由と民主主義」を叫んでもついていかない。大衆はもとから言いたい放題なので「言論の自由」はどうでもよく、むしろ2000年以降の原油価格急騰の恩恵を分けてくれたウラジーミル・プーチン大統領を、まだ手放さない。

ロシアは単一民族国家ではない。17世紀から拡張を続けてできた帝国なのだ。ウラジオストクと周囲の沿海地方を獲得したのは近々の1860年。ソ連崩壊後も、ロシアにはコーカサス地方、ボルガ川沿岸、シベリアなど少数民族が集住するところが多数ある。しかも1500万人ほどいると推定されるイスラム系は欧州系ロシア人と摩擦を抱える。

こういう国を一つにまとめるのは大変なこと。「生活を良くする」と言っても誰も信じないので、治安・公安機関が力で抑え付けるしかない。

世界でのロシアは、アメリカとの宿命の張り合いに命を懸ける。共産主義うんぬんはもう関係ない。もともと20世紀初めまでは、「これからの世界はアメリカとロシアのもの」と言われ、ソ連時代はアメリカと対立しつつも両国で世界を仕切ってきたつもりが、ソ連崩壊後のアメリカはロシアに上から目線で自由と民主主義のお説教を繰り返す。

ついにはNATO(ロシアにとっては米軍と同義)が国境にまで迫り、米NGOはロシア国内の反政府勢力を助けて政権転覆(レジーム・チェンジ)の動きに乗り出した。ロシアもクリミアを併合するわ米大統領選に介入するわ(プーチンは否定するが)で米ロ関係は因縁と怨念だらけだ。

6月16日の米ロ首脳会談でジョー・バイデン大統領は「ロシアは抑えつつ可能な分野では協力」と言ったが、米国内では反対の声もあり、プーチンもどこまで従うかは分からない。当面は中国と手を携えてアメリカの干渉から身を守る外交を捨てないだろう。

ロシアといえば経済困難ということになっているが、店での品ぞろい、サービスのデジタル化などなど、生活ぶりは日本とさして変わらない。スマホは日本人より使いこなしているだろう。問題は、それを自分で造らないこと。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story