コラム

ベラルーシがウクライナの二の舞いにならない理由

2020年09月04日(金)10時00分

反政府派のリーダー、チハノフスカヤ(中央)は隣国に VASILY FEDOSENKOーREUTERS

<2014年にクリミア半島がロシアに「併合」された事案とは根本的に異なっている>

ベラルーシで8月9日に大統領選挙が行われたが、6選を狙ったルカシェンコが票数を偽り大統領に居座ったとして反政府デモが止まらない。

旧ソ連圏での民主化運動は、「すわ、アメリカに指南されたレジーム・チェンジ。2014年のウクライナのようにロシア軍の介入必至」という連想を呼ぶのだが、今回の事情はかなり違う。

20200908issue_cover200.jpg

ベラルーシは美しい国だ。ずっと昔、車で通り抜けたが、その景色には心を洗われた。ロシアとポーランドの間に位置するスラブ系の小国で、人口は1000万人弱。日常はロシア語を使い、ロシアとの経済関係に多くを依存する国だが、ピリリと辛い。旧ソ連時代から農工業先進地域で、人は温厚、かつ資質は高い。今でも旧ソ連地域向けのトラクター供給をほぼ独占し、カリウム肥料では世界市場の15%を占め、ソフトウエアの受託制作も伸びている。

そして、この国はロシアとNATO対立のまさに最前線。ナポレオンもヒトラーも、ここを突き抜けてロシア心臓部に侵攻していったのだ。

ルカシェンコは国営農場の議長から政治家に転身、1994年の大統領就任から一貫して権力の座にある。トランプ米大統領に酷似した反知性のポピュリストで、国内では野党を弾圧、国外では虚言食言何でもありで、ロシアとEUの間をふらふらするそぶりを見せては両者から譲歩と資金を搾り取ってきた。煮ても焼いても食えない、筋金入りの「ベラルーシ・ファースト」だ。

ルカシェンコは近年、EUとアメリカに擦り寄っていた。ロシアがベラルーシの統合を図り、割安の原油をよこさないなど圧力をかけてきたからだ。これに応えてアメリカは2月、ポンペオ国務長官を派遣して大使派遣の再開や米国産原油の供給などで合意した。

トランプは国外の民主化やレジーム・チェンジには無関心だから、今回のデモでもアメリカのネオコンの大きな関与は見られない。8月25日にはビーガン国務副長官が訪ロしてラブロフ外相と協議したが、多分ベラルーシでは介入を控えることで隠微な合意ができたのだろう。

アメリカが乗り出してこないなら、プーチン大統領は軍を送らない(ただ見せ球としてか、機動隊を待機させている)。それにベラルーシ軍はしっかりしていてルカシェンコに忠誠を誓い、ロシア軍とも緊密な関係を持っている。だからロシアは、米大統領選の直前に軍事介入して、選挙戦の具にされる愚は避けるだろう。

EUは臨時の首脳会議を開いたが、ルカシェンコへの本気の対応を取りあぐねている。ベラルーシの反政府派リーダー、スベトラーナ・チハノフスカヤ(女性の元英語教師だ)が「ロシアとEUの対立に巻き込まれたくない。ベラルーシの主権を尊重してほしい」と言ったのも効いている。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ政権で職を去った元米政府職員、「

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story