コラム

ロシアは島を引き渡さない 北方領土は現状維持で決着する

2018年12月08日(土)11時30分

平和条約締結を目指す日ロ首脳だが(11月14日、シンガポール) Mikhail Svetlov/GETTY IMAGES

<島を手放すほど困窮していないプーチン政権と、参院選狙いの安倍政権の妥協点を元ロシア公使が大胆予想>

11月14日、シンガポールでの日ロ首脳会談で、安倍晋三首相が「56年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約締結交渉を促進する」と表明した。

欧米の識者には、「日本はトランプ米政権が信用できないので、領土問題で譲歩して対ロ関係を強化し始めた。これは日本の戦略的外交だ」と、日本を買いかぶった評価もある。

一方ロシア社会は心の準備ができていない。近年の経緯を知らない国民は、「プーチン大統領が突然、日本に領土を渡すことを決めた」と感じ、メディアには反対論もみられる。ロシアは日本に「領土」を渡さなければならないほど困窮していない。

97年11月、橋本龍太郎首相とエリツィン大統領はシベリア中部の都市クラスノヤルスクで、「00年までに平和条約を結ぶ」と合意した。当時エリツィンはアメリカを筆頭とする国際共同体に積極的に入ろうとしており、対日関係改善はその重要な一環だった。その後の曲折を経て13年4月、安倍首相の訪ロで領土交渉を本格的に再開したときは、筆者も期待した。

だが14年のクリミア併合と対ロ制裁は転換点となった。ことさら擦り寄る印象を与えていた日本が制裁に加わり、ロシアに失望と軽侮の念を抱かせた。今やベクトルは、エリツィン時代と百八十度逆を向いている。

戦略的利益なき平和条約

しかも北方領土が面するオホーツク海は、ロシアの原子力潜水艦が核ミサイルでアメリカを狙って潜む戦略要衝。領土返還後、ここに在日米軍が進出したらロシアはたまったものでない。

欧米の識者が「内向きのアメリカを見限った、日本の対ロ戦略的接近」と評するほど、日米関係は危機にはない。日ロ双方とも身を切る思いで譲歩し、世論の批判を浴びつつ平和条約を結んだところで、戦略的利益はあまりない。日本がロシアと組んでアメリカに反抗することも、ロシアが日本と組んで中国に盾突くことも起こるまい。

ロシアの石油・天然ガスは平和条約に関係なく、カネを払う国に流れていく。日本に米軍基地がある以上、ロシア軍は日本周辺への偵察・威嚇行動をやめず、中距離巡航ミサイル「カリブル」を極東に配備するかもしれない。米ロ・日米関係の大枠が変わらないなかで、領土問題という最も難しい外交問題を解決しようとするのは無理がある。

当面求められているのは、ロシアにとっては島を渡さなくても対日関係を壊さない方法、日本にとっては島が返ってこなくても来年夏の参議院選挙でアピールできる一応の成果だろう。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

韓国クーパン、顧客情報大量流出で11.8億ドルの補

ワールド

尹前大統領の妻、金品見返りに国政介入 韓国特別検が

ビジネス

日経平均は反落、需給面での売りが重し 次第にもみ合

ビジネス

午後3時のドルは156円前半、年末年始の円先安観も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story