コラム

米ロ中に引けを取らないベトナム外交のすごみ

2017年12月16日(土)11時10分

革命指導者ホー・チ・ミン像を前に集うベトナム指導部 REUTERS

<むやみな対立を避けながら無言のにらみを利かせる、敗戦国日本がならうべき対米戦勝国ベトナムのしたたかさ>

11月5日に初来日したトランプ米大統領は東京の米軍横田基地に着陸し、また2日後そこからたった。日本の首相訪米でもワシントン周辺の米空軍基地に着陸することが多く、当局としては何てことはないのだろう。

だが日本に自分の「領地」があるのを誇示するかのような訪日の姿に、こちらは戦後占領された古傷に塩を塗り込まれる思い。いいかげんにしてくれと思いながらトランプ歴訪の地図を見るうちに、ベトナムに気が付いた。

この国は1945年に独立を宣言して以来、フランス、アメリカ、中国を撃退した稀有な国だ。人口は9270万人で、近年の経済成長率は毎年6%を超える。賃金上昇などで投資環境が悪化する中国に代わる製造拠点分散対象「チャイナプラスワン」の投資先として、インド、バングラデシュ、カンボジアなどと並ぶ地歩を築いた。

日本が毎年1000億円以上の円借款で築いたインフラを使って、日本企業はこれまでに420億ドルの直接投資をしている。

対中関係が悪化した韓国の動きはもっと激しい。韓国企業の直接投資累積額は日本を超える最大投資国。なかでもサムスンはベトナムでスマホの約30%を生産し、ベトナムの総輸出額の20%以上を一社でたたき出す。

ロシアをフルに利用する

社会主義経済で、少数の官僚が土地などの権利の多くを差配するベトナムでは、ロシア、中国やインドと同様、汚職がひどい。だが政府は摘発を強化しており、外国企業は文句をこぼしながらも投資を続けている。

独立後、外国に負けたことのないベトナムはどの国に対してもわだかまりを持たず、合理的な外交ができる。かつて戦ったアメリカとよりを戻し、米艦の寄港を認め、TPP(環太平洋経済連携協定)にも前向きだ。

ベトナムは紀元前から1000年にもわたって北半分を占領された中国を警戒するが、表立った対立は避ける。14年には南シナ海での境界・資源紛争をめぐってベトナム漁船が沈められ、反中デモが燃え盛ったが、両国政府要人が行き交って、表向きは沈静化した。

こうして対立の表面化を避ける一方で、防衛力を磨くのに余念がない。ベトナムは78年末カンボジアに侵攻、わずか2週間で制圧したほどの軍事強国だ。

さらにベトナムは、東南アジアでは影の薄いロシアをフルに使う。ロシアの前身ソ連はベトナム戦争時代、最大の同盟相手で、ソ連に留学したベトナムの要人は数多い。ソ連崩壊直後の首都モスクワではベトナム人が数カ所に固まって暮らし、食品販売などをしていたものだ。

昨年10月にロシアが主導するユーラシア経済連合とベトナムとの自由貿易協定(FTA)が発効。ロシアはベトナムを、ASEAN市場に無関税で進出する窓口と位置付けている。ベトナムと他のASEAN諸国の間では多くの品目が無関税となっているためだ。モスクワから首都ハノイへの直行便も出ている。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 10
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story