コラム

シリアで拘束されたスペイン人元人質の証言──安田純平さん事件のヒントとして

2018年09月18日(火)16時30分

パンプリエガの証言を知った後、私はインターネットを通じて、再びウサーマにコンタクトを取り、パンプリエガが「ウサーマという通訳兼コーディネーターに裏切られたと言っている。あなたのことか」と質問した。

ウサーマは「私が彼らの通訳兼案内人だった」と認めたうえで、「私はヌスラ戦線と結託して、彼らを売ったのではない。私も2カ月間、拘束されていた」と答えた。通訳に裏切られたと語るスペイン人ジャーナリストと、裏切ってはいないと否定するシリア人通訳の主張は食い違う。

長期にわたる拘束で、精神状態が追い詰められたことが理由ではないか

安田さんの拘束の背景を探ろうとして、スペイン人とウサーマをつなぐ思いがけない話が出てきた。私には何が真実かを判断する材料はない。ただし、安田さんとの関係では、ウサーマの実体は疑いのないものとなった。

パンプリエガのインタビュー記事の1つで、人質として拘束されていた時の精神状態について語っている下りがある。「精神的に最悪の状態」の記憶として、「私は自分自身のことが分からなくなった。自分がまるで4歳くらいの男の子のような気がした。自分がアントニオではなく、彼ら(武装組織のメンバー)が私を呼ぶようにワイルだと思うようになった」と語っていた。

これを読んだ時に、長期にわたる拘束によって、人質の精神状態はこのように追い詰められるのかと思った。それは安田さんが自分のことを「ウマル」とか「韓国人」と名乗ったことを解くヒントにもなるだろう。

安田さんは拘束組織の中で「ウマル」と呼ばれ、「コーリー(韓国人)」と呼ばれているのではないか推測した。特に、「ウマル」というのは、6月に撮影されて、7月中旬に日本の一部のメディアが伝えた動画の中でも、「私はウマルです」と語っていたという。

アラブ人が外国人にアラブ・イスラム風の名前をつけて呼ぶことは珍しくなく、スペイン人のパンプリエガが「ワイル」とアラブ名で呼ばれていたように、安田さんは武装組織の中で「ウマル」と呼ばれているのだろう。それを動画で言ったのは、安田さんが、パンプリエガが陥ったような「精神的に最悪の状態」にあると考えるべきなのだろう。それはウサーマが安田さんの動画について「安田さんは自分のことが分からなくなっているという情報がある」といったことにも通じる。

内戦の地で3年を過ぎて武装組織に拘束されることの過酷さは、同じ経験を持つスペイン人ジャーナリストの証言を通して知ることができる。安田さんが精神的に追い詰められているのだろう。安田さんが1日も早く解放され、パンプリエガのように貴重な経験を本として出版する時がくると信じたい。

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プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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