コラム

パレスチナ人を見殺しにするアラブ諸国 歴史が示す次の展開は...

2018年05月23日(水)17時38分

パレスチナ危機と中東危機の関係は偶然に見えるかもしれないが、90年にクウェートに侵攻したイラクのサダム・フセイン大統領は、クウェートからの撤退についてイスラエルのパレスチナ占領地からの撤退を条件に挙げリンケージさせた。湾岸戦争中にイラクがイスラエルに向けてスカッドミサイルを撃ったことは、パレスチナ問題と中東危機の関係を示している。

08年末-09年1月のイスラエルによるガザ攻撃の時は、約3週間で約1400人のパレスチナ人が死に、その3分の2は民間人だった。それでもイスラエルや、イスラエルを支える米国に対してアラブ諸国が対抗しようとしなかったことにアラブの民衆から批判が上がった。特にガザと国境で接するエジプトは、国境を閉ざしたままで、イスラエルの封鎖や攻撃に加担していると批判された。

「パレスチナ解放」はいまではパレスチナ人の問題と考えられているが、もともとは「アラブの大義」と呼ばれていた。イスラエルの独立とパレスチナ難民の離散を生み出した1948年の第1次中東戦争以来、73年の第4次中東戦争に至るまで4度の戦争がアラブ諸国とイスラエルの間であった。

第1次中東戦争でアラブ諸国はイスラエルの独立を阻止できず、逆に領土を拡張されたが、その敗北は、エジプトの青年将校グループによる同国の王政打倒クーデターにつながり、アラブ民族主義を生んだ。

しかし、第3次中東戦争でイスラエルに大敗し、東エルサレム、ヨルダン川西岸やガザを占領されたことは、アラブ民族主義の退潮と、それに代わってイスラム主義が力を得る契機となった。つまり、パレスチナ問題と関わる中東戦争が、アラブ・中東世界の政治変動と直結していたのである。

アラブの春のもう1つのテーマは「反米・反イスラエル」だった

アラブ民族主義を担ったエジプトのナセル大統領は70年に病死し、その後継者のサダト大統領が73年の第4次中東戦争の初戦でイスラエルに打撃を与えた。しかし、サダト大統領は戦後、親ソ連から親米路線に転換し、77年にイスラエルが占領したエルサレムを訪問し、79年にはイスラエルと単独平和条約を締結した。それ以降、中東戦争は起きていない。

79年以降、パレスチナはアラブ世界の支援なしに、イスラエルと単独で対抗することになった。もちろん、パレスチナが軍事力でイスラエルに太刀打ちできるわけはなく、87年末に始まった第1次インティファーダでも、パレスチナ側が一方的に多大な犠牲を出すことになる。

パレスチナ危機と、その後に起こる中東危機の関係だけを見るならば、パレスチナ危機が始まっても、アラブ諸国は米国やイスラエルに政治的にも対抗せず、身内のパレスチナ人の苦難を見殺しにしているという構図となる。

そして、その後にパレスチナを超えた危機がアラブ世界を襲うことになる。つまり、湾岸戦争時のイラク、9.11米同時多発テロのアルカイダ、「アラブの春」の若者たちなど、米国が主導する中東の秩序に対抗する勢力が、自分たちを正当化するために「パレスチナ問題」を使う。

「アラブの春」の若者たちのデモでは、「自由と公正」を求め、民主化を求める動きが注目されたが、もう1つのテーマは「反米・反イスラエル」だった。イラク戦争で米国がイラクを占領し、イスラエルによるガザ攻撃でパレスチナ人が無差別に殺戮される中で、アラブ諸国が全く対応できないことに怒りを募らせていた民衆、特に若者たちが、「カラーマ(プライド、名誉)」というもう1つの標語を掲げて「体制変革」を求めた。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中閣僚貿易協議で「枠組み」到達とベセント氏、首脳

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 6
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 7
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 8
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story