コラム

シリア「虐殺された町」の市民ジャーナリストたち

2018年04月13日(金)18時03分

kawakami180413-2.jpg

ラッカの街にはためくISの黒旗=『ラッカは静かに虐殺されている』より(UPLINK提供)

親子2代に及ぶアサド体制は、秘密警察によって政府批判を完全に封殺し、アラブ世界で最も抑圧的な体制だった。報道の自由は存在せず、政権による反体制派の弾圧、逮捕、拷問という人権侵害が表に出ることはほとんどない。

しかし、「アラブの春」の若者たちはインターネットと携帯電話を使い、SNSを通じて政権の暴力を国外に向かって発信し始めた。

シリア各地に反体制の市民組織「地域調整委員会(LCC)」が生まれ、各地のニュースをSNSで公開した。国際組織「国境なき記者団」は2012年3月、LCCに「ネット市民賞」を贈り、「国際的な報道が遠ざけられたなかで、国際社会にとってはLCCがシリアでの暴力の進行を知るほとんど唯一の手段だった」と紹介した。

ラッカでも早い段階でLCCが作られ、活動の中心人物だったナジ・ジェルフは後にRBSSの創設者の1人となった。

IS暗黒時代、次々に殺されるRBSSのメンバー

ラッカは2014年春、イラクから来たISに支配され、新たな暗黒時代が始まった。ジェルフら17人の市民ジャーナリストがIS支配を告発するため秘密裏にRBSSを設立した。RBSSの創設は、アサド政権の暴力を告発するために生まれたラッカの市民ジャーナリズムにとって第2幕の闘いの始まりだった。

CPJの授賞式のスピーチで、RBSSメンバーのアジズは「私たちは2つの攻撃的で残忍な力の間で囚われている」と語り、「テロとの戦いを口実にして子供たちを殺害する」アサド政権と「邪悪と不正義をまき散らす」ISの間に挟まれた市民の苦難を訴えた。

ラッカにいるメンバーはISに捕まれば死罪。命がけで情報を発信している。しかし、国外にいるメンバーだからといって安全とはいえない。

チームは当初シリアに近いトルコ南部に拠点を置いていたが、2015年10月、活動に関わっていたジャーナリスト2人がトルコで殺害された。メンバーはその後、ドイツに拠点を移した。

ドイツの隠れ家に集まった国外メンバーは、ラッカでのISによる市民の処刑や子供たちに対する過激なイスラムの洗脳教育を見ながら、「表舞台に出て世界に訴えよう」と決断する。

アジズらは欧米のテレビに出て、ラッカの状況を訴え始めた。欧米で「勇敢な市民ジャーナリスト」として称賛を受けるようになる。それがCPJの受賞にもつながる。しかし、国際舞台に出たことによって、授賞式の翌月に創設者の1人ジャルフと、シリア反体制地域のイドリブにいたRBSSの元編集者がそれぞれ射殺された。

さらにISはアジズの写真を挙げて、「ドイツにいるイスラム戦士で、このスパイ組織の創設者を殺害できるものはいるか?」と声明を出した。ISは欧米のイスラム教徒にテロを呼びかけ、2014年から15年にかけて、ISに感化された者たちによるテロが続いていた。アジズを脅迫する声明は単なる脅しではない。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story