コラム

トランプのエルサレム認定 「次」に起こる危機とサウジの影

2018年01月10日(水)12時01分

パレスチナを散り散りに分断した「国」にする和平案

トランプ大統領が語る「恒久的和平」は、これまでの和平プロセスの枠組みを根底から覆すことになる。

これまで「恒久的な和平」とは国連安保理決議242号に基づく「土地と和平の交換」の原則に基づく占領の終結であり、国連総会決議194号に基づく難民問題の解決しかないと理解されてきた。和平交渉によって「紛争終結」を宣言できるのはパレスチナ側であり、パレスチナ側が最終合意を受け入れたときに初めて紛争は終わりとなる。

ところが、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定しながら「和平」を求めることは、占領の終結や難民問題の帰還という国連決議に基づく枠組みから離れることを意味する。力づくでパレスチナを屈服させることで紛争を終結させようというのだろうか。エルサレム問題での新たな動きと並行して、トランプ大統領が近く中東和平提案を打ち出すという断片的な話が様々にニュースとして出ている。

ロイター通信などがパレスチナ自治政府筋の情報として伝えるところでは、トランプ大統領は今年前半にも和平プランを提示するとして、女婿でユダヤ教徒のクシュナー大統領上級顧問が和平案についてサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の支持を取り付けるよう動いているという。

ムハンマド皇太子はアッバス自治政府議長をサウジに招いて、米国の和平案を受け入れるよう求めたともいわれる。その和平案については、入植地の解体はなく、現在、イスラエル軍が全面的に支配しているヨルダン川西岸の「C地区」と呼ばれる区域の大部分がイスラエル側に編入されるという内容で、さらに難民の帰還もないという。

C地区はヨルダン川西岸の61%を占める。すべてのユダヤ人入植地はC地区にある。米国の和平案でイスラエル側に編入されるC地区の割合については、様々な報道があり、7割から9割と幅がある。

これは入植地を含むC地区の大部分がイスラエル側に奪われることを意味する。残されたパレスチナ自治区は西岸の半分程度の面積で、小さな島が集まったように散り散りに分断されてしまい、とても「国」とは言えない状況となる。

サウジがパレスチナやレバノンに圧力をかける理由

難民の問題では、アッバス議長はレバノンにいるパレスチナ難民にレバノンの市民権を与える代わりにイスラエルへの帰還を放棄するという案をサウジアラビアから示されたという話を最近耳にした。

事実であれば、イスラエルの主張そのままに難民の帰還権を否定した形での「最終解決」がレバノンとパレスチナに押し付けられることになる。

レバノンのハリリ首相は昨年11月初めにサウジを訪れて、突然、辞任を発表した。同じころアッバス議長もサウジを訪れ、ムハンマド皇太子と会見し、米国の和平案を受け入れるよう求められたというニュースが出た。サウジは米和平提案での難民問題の「最終解決」について両首脳に働きかけたのだろうか。

サウジでは11月にムハンマド皇太子が主導する腐敗追放委員会が11人の有力王族を含む約50人を逮捕した。

同皇太子は実父のサルマン国王が2015年1月に即位した後、国防相兼王宮府長官に抜擢された。同4月には副皇太子に任命された。さらに2017年6月にムハンマド・ビン・ナイフ皇太子が解任され、代わって皇太子に任命された。

現在32歳であるが、今年、国王に即位するのではないかとの推測もあり、王族や現職閣僚・旧閣僚、ビジネスマンらを含む有力者を「腐敗追放」として一斉拘束に出たことは、反対派を排除して、権力を固める意図があるとみられる。

若いムハンマド皇太子が権力固めをしようとすれば、米国の支持を得ることは必須となる。特に同皇太子は対イラン強硬姿勢という点で、トランプ大統領と同じ立場であり、イスラエルとの接近も伝えられる。トランプ大統領の支持を得る代わりに同大統領が進める和平案の実現のためにパレスチナやレバノンに圧力をかけることはありうるだろう。

今回、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都に認定した決定は、今後提示される和平案の前触れということになるだろう。和平案として様々に出ている断片的な情報をつなぎ合わせても、パレスチナ人にとっては最悪の提案になりそうな予感しか出てこない。

中東にとっては新たな危機の始まりの年となりそうである。


ニューズウィーク日本版のおすすめ記事をLINEでチェック!

linecampaign.png

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story