コラム

北斎のような「波」が、政治的暴力を世界に告発する

2017年10月10日(火)19時23分

この波の造形については、カタナーニが創作している時、友人が「日本の北斎のようだ」と言ったという。カタナーニは葛飾北斎を意識していたわけではなかったが、北斎による、船をのみ込みそうな大きな波の作品を思い出して「そう言ってくれるのは誇らしくて、うれしい」と答えた。「北斎は世界にも知られた日本の偉大な芸術家で、私がいま創作しているものが北斎に通じるということは、美術の歴史が時代を超えて互いにつながっているという証拠でもある」と、彼は説明する。

カタナーニがフランスに招かれて、野外で制作した造形作品もある。樹木の幹に有刺鉄線でつくったサルノコシカケをつくるという作品である。世界から招かれた200人のアーティストが2週間にわたって森の中で生活しながら作品をつくるという企画で、カタナーニは木に登って、いくつもの金属のサルノコシカケをつくった。

「豊饒な樹木に寄生するサルノコシカケは、パレスチナという樹木にくらいついて養分を吸い取るイスラエルのイメージだ。彼らは70年間にわたって、文化や習慣や伝統を生み出しているようなふりをしているが、彼らの存在は不毛で、彼らの周りの自然は枯れてしまう」と語る。

kawakami171011-6.jpg

フランスの森で行われた芸術祭では、樹木の幹に張り付いた有刺鉄線のサルノコシカケをつくった(本人提供)

有刺鉄線を政治的な暴力と読み替えるカタナーニの造形が、強烈な印象を与える作品に仕上がったのは、有刺鉄線を使ってつくった竜巻である。有刺鉄線が螺旋を描いて上に向かって広がっていく。2016年にパリで開かれた国際青年芸術祭で3位に選ばれたという。カタナーニは「パレスチナ難民70年を意識して、難民の心理を考えてつくった作品」と語る。1948年の第1次中東戦争でイスラエルが独立し、70万人とも言われるパレスチナ難民が出た。来年2018年はそれから70年になる。

「パレスチナ人は『私たちは難民キャンプの中に囚われ、進歩することはなく、後退するばかりだ』と言う。閉じられた世界の中で悪循環に陥っている状態を、この作品で竜巻として表現した」と、カタナーニ。さらに、すべてのものを吸い込んでしまう巨大な竜巻の力は、「私たちの魂も幸福も、人生も巻き込んでしまうものとして70年間続くイスラエルによるパレスチナの占領を意味する」と語った。

カタナーニは有刺鉄線でつくられた竜巻を、パレスチナを力で抑え込むイスラエルの占領と結びつける。彼が言う「占領」は、1967年の第3次中東戦争によって始まる東エルサレムとヨルダン川西岸、ガザの占領だけでなく、1948年に始まるイスラエルの独立によって旧パレスチナが「占領」されたという意味である。ベイルートでいまだに難民生活を続けるパレスチナ人もまた、イスラエルという竜巻に巻き込まれた存在ということになる。

kawakami171011-7.jpg

カタナーニが有刺鉄線でつくった竜巻(本人提供)

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対

ビジネス

デフレ判断の指標全てプラスに、金融政策は日銀に委ね

ワールド

米、途上国の石炭からのエネルギー移行支援枠組みから

ビジネス

トランプ氏、NATO加盟国「防衛しない」 国防費不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story