コラム

8歳少女が抗争の犠牲に... パレスチナ難民キャンプの今

2017年07月01日(土)10時35分

「難民キャンプが排除される」といった陰謀論も

抗争の後、シャティーラキャンプの住民たちの間には、家族を殺されたオッカル家やバドラン家の間でさらなる報復合戦が始まるのではないかという不安と恐怖が広がっていた。キャンプは1キロ四方しかない。そこで抗争が始まれば、住民たちはキャンプから逃げるしかなくなる。

一方で別の不安を語る市民もいる。抗争が始まって状況が悪化すればレバノン軍がキャンプ内に入ってくるという不安である。27日の夜に銃撃戦があった時、軍はキャンプの周辺を包囲したという。

今回のシャティーラキャンプでの銃撃戦については、「ウエニ・ダウレ?(国家はどこにある?)」というフェイスブックページで死んだ2人の遺体の画像や、運ばれた病院での救命措置の動画が流れた。一部は現地紙にも出ている画像であり、内部から流出した画像・映像と見られ、無法状態を放置しているレバノン政府を批判する内容となっている。

無法集団の抗争であるとはいえ、レバノン国内で政治問題化する要素をはらんでいる。キャンプでは「シャティーラを排除しようとする陰謀があるのではないか」という声を聞いた。

そのような陰謀論は、80年代に侵攻してきたイスラエル軍の包囲下で起こったレバノンの右派民兵による虐殺(サブラ・シャティーラの虐殺)や、シーア派勢力による包囲攻撃「キャンプ戦争」を経験したパレスチナ人の悲惨な過去の記憶からくる懸念であろう。

【参考記事】1982年「サブラ・シャティーラの虐殺」、今も国際社会の無策を問い続ける

しかし、かつて15年に及ぶ悲惨な内戦を経験したレバノンにとっては、隣国シリアで続く内戦の波及を食い止めることがすべての政治勢力にとっての最大の課題である。パレスチナ難民キャンプを排除するような、わざわざ政治不安を生み出すような陰謀が動く余地があるとは思えない。

来年2018年はイスラエルが独立し、パレスチナ人が難民化した1948年の第1次中東戦争から70年を迎える。シャティーラは70年間のパレスチナ難民の苦難を象徴する場所である。

【参考記事】空虚な言葉だけが飛び交った、自覚なきトランプの中東歴訪

しかし、80年代に15歳でキャンプの防衛の戦闘に参加し、腹部にも、両足にも弾痕が貫通した傷跡を持つ元戦士(48)は「80年代は悲惨だったが、人々の間には一体感があった。いまはみんな自分のことしか考えず、ばらばらになっている」と嘆いた。

パレスチナ問題の解決の希望はないまま、「シャティーラ」は政治から遠く離れた犯罪組織が横行する場所になろうとしている。外からの陰謀を心配するよりも、このままではキャンプが自壊に向かいかねないコミュニティの危機こそ深刻な問題である。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シリア暫定大統領、プーチン氏と会談 ロシア軍の駐留

ビジネス

カナダ中銀、2会合連続で金利据え置き FRB独立性

ワールド

米財務長官、円買い介入を否定 「強いドル政策」強調

ビジネス

金価格、初の5300ドル突破 経済不透明感やドル安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 3
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに...宇宙船で一体何が?
  • 4
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 5
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 6
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 7
    人民解放軍を弱体化させてでも...習近平が軍幹部を立…
  • 8
    またTACOった...トランプのグリーンランド武力併合案…
  • 9
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 10
    筋トレ最強の全身運動「アニマルドリル」とは?...「…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 10
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story