コラム

空虚な言葉だけが飛び交った、自覚なきトランプの中東歴訪

2017年05月30日(火)11時08分

アッバス氏はアラファト氏と同じファタハ第1世代の最年少だが、パレスチナ人の間では闘士ではなくアラファト氏を支える実務家とみなされている。それに対して、バルグーティ氏は闘士であり、アッバス氏にはないカリスマ性がある。

私は第2次インティファーダが始まったころ、バルグーティ氏をインタビューしたことがあるが、イスラエル本土で市民を対象にしたテロを行うことを批判し、「闘争を1967年境界の内側に集中させるべきだ」と明確に語っていた。

「パレスチナ独立宣言」に匹敵するハマスの政策文書発表

今回の政治犯たちによるハンスト闘争には、ヨルダン川西岸を支配するファタハに対抗してガザを支配するイスラム組織ハマスの服役囚の一部も参加したという新味がある。さらに刑務所でハンストが始まった後の5月初め、ハマスはヨルダン川西岸とガザでパレスチナ国家を樹立することを支持する「政策文書」を発表した。

文書は、「諸原則と全般的政策文書」というタイトルのアラビア語の文書である。全42項目の「原則」が記述され、パレスチナ国家については第20項で登場する。


第20項 我々はシオニズム体制を認知することも、パレスチナ人のいかなる権利を放棄することも意味しないが、ハマスは、難民と避難民が元いた家に帰還することと合わせて、1967年6月4日(注・第3次中東戦争)の境界上に、完全な独立と主権を有し、エルサレムを首都とするパレスチナ独立国家を樹立することを共通の民族的なコンセンサスとみなしている。

ハマスのこれまでの憲章では、パレスチナの全土解放しか記述していない。今回、ハマスが「1967年境界上のパレスチナ独立国家建設」を「民族的なコンセンサス」としたことは、1988年に、PLOが同じく1967年国境からのイスラエルの撤退を求め、パレスチナ国家の独立を宣言した「パレスチナ独立宣言」に匹敵するものである。

今回のハマスの政策文書も、解放闘争を「1967年境界からのイスラエル軍の排除」に再定義する意味を持つことになる。入植地の拡大によって、パレスチナ国家樹立による「二国家共存」というこれまでの和平プロセスが不可能になっている、という情勢判断があり、それに対して、ハマスとして「二国家共存」を表に出して闘争をしていくという意思表明であろう。

ハマスはこれまで、イスラエル本土でイスラエルの民間人を死傷させる自爆テロを繰り返してきたが、それはイスラエル全土を解放対象としていたためである。その武装闘争を「1967年境界」の内側に限定し、そこにいるイスラエル軍やユダヤ人入植地を攻撃することで占領との闘いを展開し、「パレスチナ国家」につなげようという意図が感じられる。

それはバルグーティ氏が主張していることでもあり、刑務所のハンスト闘争で、ファタハとハマスの共闘が起こっていることと符合してくる。

「パレスチナ国家」とも言わないトランプ大統領に対してアッバス議長が「和平の期待」を語っている時に、イスラエルの刑務所では政治犯のハンストが続いていたということである。始まったばかりのトランプ政権の下で中東和平がさらに空回りすれば、今回のハンストのような直接行動がパレスチナ人の間に広がっていくことにもなりかねない。

【参考記事】映画『オマールの壁』が映すもの(1)パレスチナのラブストーリーは日本人の物語でもある

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プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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