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トランプの「大使館移転」が新たな中東危機を呼ぶ?【展望・後編】
大規模な危機を前には必ずパレスチナ情勢が動いた
新たな危機のかぎをにぎるのは、米国で誕生するトランプ政権かもしれない。トランプ政権の中東政策が立てられ、実行されるまでには最低半年は必要であろうし、すぐには動かない。トランプ氏はシリア内戦や「イスラム国」対応ではロシアと協力することを表明しており、いまのシリア情勢に大きな変化は与えないだろう。
トランプ政権の中東政策を考える時、オバマ政権と比べて大きく変わるのは、イスラエル・パレスチナ問題への対応であろう。オバマ大統領がユダヤ人入植地建設に反対するパレスチナ側の主張を汲みつつ、イスラエルの強硬派のネタニヤフ政権とせめぎあってきた後に、駐イスラエル米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移転することを公約するなどユダヤ寄りの立場を示すトランプ大統領が就任する。
イスラエルは1967年の第3次中東戦争で東ルサレムを占領し、80年に東西エルサレムを合わせて「恒久の首都」と宣言したが、国際的には承認されておらず、欧米や日本などほとんどの国が大使館をテルアビブに置いている。
【参考記事】米国がイスラエルの右翼と一体化する日
パレスチナ危機と中東危機の関係で言えば、10年ごとの大規模な危機の前には必ずパレスチナが動いている。90年-91年の湾岸危機・湾岸戦争の前に、87年12月にパレスチナの第1次インティファーダが始まった。石つぶてでイスラエル軍戦車の前に立ちはだかるパレスチナの少年がアラブ諸国と世界に衝撃を与えた。90年にクウェートに侵攻したイラクのサダム・フセイン大統領は、クウェートからの撤退についてイスラエルのパレスチナ占領地からの撤退を条件としてリンケージさせた。湾岸戦争中にイラクがイスラエルに向けてスカッドミサイルを撃ったことは、パレスチナ問題と中東危機の関係を示している。
2001年の9.11米同時多発テロの前年の2000年に第2次インティファーダがパレスチナで始まった。パレスチナ人の反占領闘争は、第1次インティファーダの時のような「不服従運動」が中心ではなく、武装闘争が中心となり、イスラエル軍も容赦のない軍事的な制圧を続けた。パレスチナ人の怒りや嘆きは共通語であるアラビア語でアラブ世界に広がり、それに対して米国の目の色を伺って何もできないアラブの政府と指導者たちに対する批判が強まった。
2011年の「アラブの春」の前には、2008年末から09年1月にかけてはイスラエル軍によるガザ攻撃・侵攻があった。約3週間の空爆と侵攻で、パレスチナ人権組織の調べによると、約1400人のパレスチナ人が死に、その3分の2は民間人だった。この時もアラブ諸国が対応しなかったことに批判が上がった。特にガザと国境で接するエジプトは、国境を閉ざしたままで、イスラエルの封鎖や攻撃に加担しているという批判された。それが「アラブの春」で若者たちの標語である「カラマ(尊厳、名誉)」につながった。
トランプ氏は歴代の米国大統領がパレスチナ和平の達成に名を残そうとしてきた外交努力には全く関心はなさそうである。しかし、米大使館のエルサレムへの移転など、イスラエル強硬派の主張に安易に乗るような行動をとれば、パレスチナ危機を招きかねない。それが次の中東危機のさきがけになるというのが、これまでに繰り返してきた中東危機のパターンである。中東の出来事が国際ニュースの表に出ず「下火」になったときこそ、中東の動きに目を凝らす必要がある。
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