コラム

トランプの「大使館移転」が新たな中東危機を呼ぶ?【展望・後編】

2017年01月18日(水)06時23分

軍事力によって危機を抑え込む場当たり的な対応

 97年-98年に中東で政府批判が抑え込まれてしまったが、2000年代に新たな危機が噴き出した。2001年、9.11米同時多発テロ、2003年、イラク戦争と前半は大荒れとなった。イラクでも戦後にスンニ派地域で対米攻撃が激化し、さらに2006年にシーア派・スンニ派の宗派抗争が激化した。しかし、この危機も2007年から08年にかけて抑え込まれる。パレスチナのインティファーダはイスラエルのシャロン首相の軍事強硬策によって06年ごろまでに抑え込まれた。イラクでも米国が07年に駐留部隊を増強した上でスンニ派部族を取り込み、「イラク・イスラム国」と対抗した。イラク情勢は「下火」に向かった。

 2011年の「アラブの春」後の動きは前編で扱った。この後編では90年代と2000年代を振り返ってみたが、中東では10年ごとに噴き出す危機に対して、中東の政府も欧米も、いかに軍事力によって危機を抑え込むという場当たり的な対応に終始してきたかが分かるだろう。

 中東危機が「下火」になったといっても、中東の矛盾は何も解決したわけではない。2、3年の表面的な"平穏"の後、また危機が噴き出す。90年代にアラブ諸国の強硬政策でイスラム過激派が抑え込まれると、「近い敵」から「遠い敵」への転換を経て、2001年の9.11米同時多発テロへとつながる。2000年代ではイラク戦争後の米軍によるイラク占領の衝撃は、アラブ世界の民衆に反米とともに、反体制という怒りを募らせ、2011年の「アラブの春」として噴き出した。若者たちがデモで「カラマ(尊厳、名誉)」を掲げたのは、そんな心情を映している。

サイクス=ピコ協定など中東が抱える3つの矛盾

 中東が抱えている矛盾は、①英国、フランス、ロシアが結んだサイクス=ピコ協定に代表される欧州列強による国境線の押しつけ、②西側世界のユダヤ人問題を中東に押し付けたイスラエル建国とパレスチナ問題の始まり、③欧米による中東の石油支配と軍事介入――などを主な要因とする。

 このような困難な政治的条件のもとで、21世紀においてさえ、中東では強権独裁体制や絶対君主制が幅をきかせている。政治的な自由や民主主義、人権は後回しにされて、秩序や安定が重視されるためである。それに対して若者たちが「ノー」を叫んで反乱を起こしたのが「アラブの春」である。中東・北アフリカ地域の人口中央値は23歳という若い人口構成で、人口の半分以上を若者が占めており、若者が動いたことで、政治は動くことになった。

 前編で見たように、「アラブの春」で噴き出し、チュニジア、エジプト、リビア、イエメンで強権体制を倒した若者パワーは、大規模なデモ、ムスリム同胞団による選挙勝利、シリアでの武装闘争、「イスラム国」への流入などの形を取ってきた。それに対して、抑え込む側は、エジプト軍のクーデター、シリアでの武力制圧、「イスラム国」への有志連合の空爆、イラク軍によるモスル制圧、シリア政権軍とロシア軍によるアレッポ制圧という形で力を加えた。

 2016年後半までに、力で抑え込まれたのは、エジプトの若者たちやムスリム同胞団、シリアの反政府勢力、イラクとシリアの「イスラム国」である。それらの勢力がある特定地域に限定されているなら、そのまま封じ込まれられてしまうだろう。しかし、「アラブの春」の若者たちは国を超えてデモを起こし、エジプトに限定されたものではない。ムスリム同胞団もエジプトだけではなく、アラブ諸国全域に同様の組織がある。「イスラム国」もまた中東、アフリカ、アジア、さらに欧米にも関連組織や支援者もいる。

 ある地域で抑え込まれた矛盾は、その背景にある国を超えたつながりを通じて、別の場所で、別の形で噴き出すことになる。そのような「つながり」が生まれるのは中東・北アフリカの20カ国でイスラムという共通の宗教が支配的で、さらにうち18カ国はアラビア語を母国語とするアラブ諸国という地域としての同質性が非常に強いためでもある。

「アラブの春」で声を上げた若者たちの不満や怒りのもとになったのは「格差の広がり=不公正」「政権の腐敗」「強権による自由の封殺」である。それらの問題は、なんら解決されておらず、逆に強権支配は強まった。このような状況を考えれば、エジプトで軍が強権で反対の声を押さえ、シリアでアサド政権がアレッポを制圧して反体制勢力に攻勢をかけ、イラクで「イスラム国」の首都モスルへの掃討作戦が続くことで、危機を抑え込んだとしても、危機の元となる問題は解決していない。

 力で抑えられた矛盾は、地下にたまったマグマのように、新たな噴き出し口を求めて、うごめくことになるだろう。私が2017年は「踊り場の年」と見るのは、しばらく足踏みをしても、中東の危機はまた新たな危機の階梯を上がることになると考えるからである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

「トランプ氏は権力維持を模索」スミス元特別検察官が

ビジネス

25・26年度GDP見通しを上方修正、27年度は引

ワールド

中国の対アフリカ融資、24年はピークの1割弱 対象

ビジネス

日銀、政策金利を0.75%程度で維持 賛成多数で決
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 2
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレアアース規制で資金が流れ込む3社とは?
  • 3
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている「とてつもなく巨大な」生物...その正体は?
  • 4
    老化の9割は自分で防げる...糖質と結び付く老化物質…
  • 5
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 8
    ノーベル賞に選ばれなかったからグリーンランドを奪…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    宇宙人の存在「開示」がもたらす金融黙示録──英中銀…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 7
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 8
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 9
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 10
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story