コラム

戦火のアレッポから届く現代版「アンネの日記」

2016年12月01日(木)17時54分

「私たちの家の隣。爆弾が私に命中したのかと思いました。この家に人がいるのかは分かりません。バナ」

 バナがアレッポ東部のどこに住んでいるかは分からないが、26日の政権軍の侵攻と共に激しい空爆があり、27日にバナの家が破壊されたことが分かる。27日のツイートには土煙の中にいるようなバナの写真が貼られている。28日には家を失って、家族で逃げまわったのだろう。一方で、この日、BBCやアルジャジーラのニュースはアレッポ東部の混乱を伝えている。バナたちの安否を心配していると、その夜、バナのツイートがアップされた。

「私たちに家はありません。私は軽いけがをしました。昨日から寝ていません。空腹です。私は生きたいです。死にたくはありません。バナ」

 ツイートの向こうに、政権軍が侵攻してくる中で、家を空爆で破壊され、けがをし、寝ずに避難し、お腹を空かせている7歳の少女の肉声がある。私たちにはバナのツイートが事実であるかどうか確認をとることはできないが、バナと母親が、2カ月前の9月24日から始めた600を超えるツイッターの書き込みをたどれば、その存在を否定することはできない。

 トルコ国境に近いアレッポには内戦が始まった後、トルコの会社の有料インターネットサービスが普及している。通信衛星に直接つなぐインターネットサービスもある。ハディ・アブドラら多くの市民ジャーナリストたちもインターネットを通じて、記事やビデオリポート、画像、映像情報を発信している。

 ファテマのツイートに「アサドとプーチンは私たちを外の世界から遮断しようとするならば、太陽を破壊しなければならない。太陽エネルギーが私たちの生命線です」(9月26日)、「蓄えている米とパスタがなくなりつつあります。電気もありません。しかし、太陽があるので、私たちは世界に向けて語り掛けることができます」(同)とある。

 ファテマが使っているのは、太陽光発電で携帯を充電するキットなのだと推測できる。私もいざという時のためを考えて出張の時に持っていく備品だ。長期間封鎖され、電気も、食料もないが、インターネットサービスだけはあり、カメラ付きの携帯電話で、ツイートを発信しているという状況が想像できる。

「爆撃を止めて。私は本を読みたいから。なぜ爆撃するの?」

 9月からのツイッターを読んでいくと、バナにはムハンマドとヌール(3歳)という2人の弟がいることが分かる。バナは小学生で、本を読むのが好きで、「将来の夢は学校の先生と作家になることです」(10月16日)と書く。

「爆撃を止めて。私は本を読みたいから。なぜ、私たちを爆撃するの? 爆撃しないで。バナ」(10月4日)
「私は本を書いています。あなたは読むかなあ?」(10月18日)
「私は自分が書く本の中で、ここでの生活のことや爆撃のことを話したい。あなたたちが読むことができればいいね。私はもう寝ます。バナ」(10月25日)
「私たちは何をしていると思う? ハリー・ポッターを読んでいます。バナ」(11月24日)
「私の弟たちもまたハリー・ポッターを読みたがっています。バナ」(同)

 バナと2人の弟が並んで「ハリー・ポッター」を携帯電話の画面で読んでいる。英語版かもしれないが、「ハリー・ポッター」にはアラビア語の翻訳も出ている。27日に家を爆撃される3日前のことである。バナの本好きは、ツイッターアカウントで最初に固定されたツイートが「アレッポからこんにちは。私は本を読んでいます。戦争を忘れるために」(9月26日)であることからも分かる。ファテマのツイートでも「今夜はバナが本を読むことができるように平穏であって欲しい」(10月1日)と書いている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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