コラム

日本と中東の男女格差はどちらが深刻か

2016年11月02日(水)19時28分

イスラムに反して社会進出しているのではない

 ここに紹介した女性たちはすべてそうだが、中東で社会的な活動をしている女性たちは毅然としていて、自信にあふれている。彼女らはイスラムに反して社会進出しているのではなく、「イスラムでは男女は平等であり、女性は男性と同じく社会的な責任を負う」と語る。イスラム世界で社会的に活動しようとする女性たちの多くを支えている価値観は、やはりイスラムである。もちろん、現実には中東の男女格差は歴然としてあるのだが、イスラムの考え方を発展させる形で女性が社会進出することで、将来、男女格差が縮まる可能性があるのではないかと思う。

 それに対して欧米や日本では、中東ではなはだしい男女格差が生じる理由をイスラムの教えのせいと見る傾向があるが、イスラム世界で男女格差に挑戦している女性たちがそうは考えていない。イスラムは幅広い概念を含み、男性中心主義の伝統的な価値観とつながる要素もあれば、女性の地位を向上させ、社会進出を促す要素もある。イスラムでは「女性の尊重」は重要な価値である。女性を家庭に縛り付けて「保護」することを「尊重」と考える部族主義のような男性中心主義の考え方もあれば、女性の社会進出を保証することが「尊重」という考え方もあり、イスラムの中でせめぎあいがある。男性中心主義の現実だけを見て、イスラムは「女性差別的」と考えるのは偏見であろう。

 さらに「男女平等」と言えば、欧米にもともとある価値観であるかのように思うかもしれないが、英国で女性に男女平等の参政権が認められたのは1928年である。欧米の女性の政治参加は100年の歴史もない。さらに英国で女性が男性と対等の参政権を得られるまで、17世紀中葉にあった英国の市民革命から250年もかかっている。「自由」や「平等」も"西洋的な価値"というよりも、西洋社会の発展の結果実現されたものである。

 イスラム世界の中核である中東で不平等や不自由な面があるのは事実だが、それは中東の国々はすべて強権体制で、民主主義も、情報公開も、政府を批判する報道の自由も制約されているという現状のもとで、女性の社会進出が阻害されているためであろう。その上に、紛争も蔓延している。そのような非人間的な状況では、男女格差の問題だけでなく、イスラムの考え方の中にある平等や自由という人間を尊重する価値観が実現されていないと考えるべきだろう。

「日本の男女格差111位は中東レベル」と言う時、G7に入り、治安も保たれ、民主主義も、報道の自由もある日本で、この男女格差は異常なことと考えるべきだろう。日本では、何が、女性を政治、経済、社会から排除し、社会の発展を阻害しているのだろうか。女性の社会進出を阻む要因が明確な中東で、女性たちの話を聞いてきた経験から考えるなら、問題の所在が見えにくい日本の状況は、中東よりも深刻に思える。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、EU産豚肉関税を引き下げ 1年半の調査期間経

ビジネス

英失業率、8─10月は5.1%へ上昇 賃金の伸び鈍

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、12月速報値は51.9 3カ月

ビジネス

仏総合PMI、12月速報50.1に低下 50に迫る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story