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「瓦礫の下から」シリア内戦を伝える市民ジャーナリズム
瓦礫の中から救出される生々しい映像
復帰後第2弾のリポートでは、アブドラが亡くなったカメラマンのエッサの墓を参り、「私は私たちが始めたことを続ける。あなたの言葉と笑顔はいつも私とともにある」と語りかけている。エッサが、これまでシリアで命を落とした多くの市民ジャーナリストに名を連ねる結果になったことには胸が痛む。
アブドラがリポートを発表してきた媒体の1つであるカタールの衛星放送アルジャジーラのサイトで、退院後、「死の瓦礫の下から」として爆発の様子を書いている。「私はまだ生きていて、死んでいないということを確信し始め、何が起こったかを語ることができるようになった」と書く。「私はシリア人が瓦礫の中から救出されるビデオを何十本も撮ることになるとは考えていなかったし、ましてや、自分自身が運び出されることになるとは想像もしてなかった」と始める。
その日、カメラマンのエッサと共に仕事を終えてアレッポのアパートに戻ったのは夜中の零時前で、バルコニーにいる隣人に声をかけて中に入った直後に、爆発し、ビルが崩れ落ちた。その時の様子を、アブドラは「いきなり石と鉄と、土煙に周りを取り囲まれ、身動きができなくなった」と書く。意識はあり、アブドラの後から続いてビルに入ったエッサに向けて「私の声が聞こえるか、私はここだ」と叫び続けた。エッサから返答はなかった。エッサは頭に破片が入り、意識を失っていた。アブドラは全身に耐えられないような痛みが走るのを感じた。「1分、1分と時間が過ぎていくのが、まるで数年のように感じられる。そのうち体にのしかかっていた重さが少しずつ軽くなってきた。私の上にあった石が1つずつ取り除かれる。足から、腹部から、そして胸から......」
崩れた瓦礫の中から救出された体験を持つ者にしか分からない生々しさだ。実は、アブドラが爆発でけがをする前の6月10日にYouTubeで公開したリポートは、政府軍の空爆によって破壊された住宅地の瓦礫の中から女児が救出される映像だった。
映像は目をそむけたるなるほどだ。瓦礫を掘る救急隊の間から、まず女児の頭が見え、上半身が現れ、さらに右足、そして左足と瓦礫から引き出される。女児は手も足もだらりと垂れている。隊員が女児を抱きあげると、「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と見守っていた住民の間から次々に声が上がった。隊員は女児を抱いて、救急車に運ぶ。カメラは女児が掘り出され、救急車に運ばれ、心臓マッサージを施されるまでの一部始終を追う。リポートをしているのがアブドラだった。「瓦礫から人が救い出されるビデオを何十本も撮ってきたのに、自分が運びだされる方になろうとは......」と書きながら、アブドラは自分の姿を、その女児の映像と重ね合わせたのかもしれない。
反体制メディアが続々と生まれ、支援する動きも
アブドラは市民ジャーナリストになるまでジャーナリストの経験はなかった。シリアの多くの市民ジャーナリストが同じである。シリアのアサド政権はアラブ世界の中でも厳しい強権体制であり、言論の自由は全くない。アブドラは大学では看護学を専攻し、修士課程に進み、大学で教えていた。2011年春に「アラブの春」の流れのなかで始まったアサド政権に反対するデモに参加した。弾圧が激しくなると、反体制側の野戦病院で看護師として働いた。その後、反体制派の市民ジャーナリストとして活動を始めた。「政権の暴力を事実として外の世界に知らせなければならないと考えた」と、ジャーナリズムに関わった理由を語っている。
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