コラム

「瓦礫の下から」シリア内戦を伝える市民ジャーナリズム

2016年08月13日(土)06時47分

瓦礫の中から救出される生々しい映像

 復帰後第2弾のリポートでは、アブドラが亡くなったカメラマンのエッサの墓を参り、「私は私たちが始めたことを続ける。あなたの言葉と笑顔はいつも私とともにある」と語りかけている。エッサが、これまでシリアで命を落とした多くの市民ジャーナリストに名を連ねる結果になったことには胸が痛む。

kawakami160813-2.jpg

現場復帰後、爆発で死んだエッサの墓に参ったアブドラ=アブドラのリポート映像より

 アブドラがリポートを発表してきた媒体の1つであるカタールの衛星放送アルジャジーラのサイトで、退院後、「死の瓦礫の下から」として爆発の様子を書いている。「私はまだ生きていて、死んでいないということを確信し始め、何が起こったかを語ることができるようになった」と書く。「私はシリア人が瓦礫の中から救出されるビデオを何十本も撮ることになるとは考えていなかったし、ましてや、自分自身が運び出されることになるとは想像もしてなかった」と始める。

 その日、カメラマンのエッサと共に仕事を終えてアレッポのアパートに戻ったのは夜中の零時前で、バルコニーにいる隣人に声をかけて中に入った直後に、爆発し、ビルが崩れ落ちた。その時の様子を、アブドラは「いきなり石と鉄と、土煙に周りを取り囲まれ、身動きができなくなった」と書く。意識はあり、アブドラの後から続いてビルに入ったエッサに向けて「私の声が聞こえるか、私はここだ」と叫び続けた。エッサから返答はなかった。エッサは頭に破片が入り、意識を失っていた。アブドラは全身に耐えられないような痛みが走るのを感じた。「1分、1分と時間が過ぎていくのが、まるで数年のように感じられる。そのうち体にのしかかっていた重さが少しずつ軽くなってきた。私の上にあった石が1つずつ取り除かれる。足から、腹部から、そして胸から......」

 崩れた瓦礫の中から救出された体験を持つ者にしか分からない生々しさだ。実は、アブドラが爆発でけがをする前の6月10日にYouTubeで公開したリポートは、政府軍の空爆によって破壊された住宅地の瓦礫の中から女児が救出される映像だった。

*動画には一部、刺激の強い場面が含まれています。


 映像は目をそむけたるなるほどだ。瓦礫を掘る救急隊の間から、まず女児の頭が見え、上半身が現れ、さらに右足、そして左足と瓦礫から引き出される。女児は手も足もだらりと垂れている。隊員が女児を抱きあげると、「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と見守っていた住民の間から次々に声が上がった。隊員は女児を抱いて、救急車に運ぶ。カメラは女児が掘り出され、救急車に運ばれ、心臓マッサージを施されるまでの一部始終を追う。リポートをしているのがアブドラだった。「瓦礫から人が救い出されるビデオを何十本も撮ってきたのに、自分が運びだされる方になろうとは......」と書きながら、アブドラは自分の姿を、その女児の映像と重ね合わせたのかもしれない。

反体制メディアが続々と生まれ、支援する動きも

 アブドラは市民ジャーナリストになるまでジャーナリストの経験はなかった。シリアの多くの市民ジャーナリストが同じである。シリアのアサド政権はアラブ世界の中でも厳しい強権体制であり、言論の自由は全くない。アブドラは大学では看護学を専攻し、修士課程に進み、大学で教えていた。2011年春に「アラブの春」の流れのなかで始まったアサド政権に反対するデモに参加した。弾圧が激しくなると、反体制側の野戦病院で看護師として働いた。その後、反体制派の市民ジャーナリストとして活動を始めた。「政権の暴力を事実として外の世界に知らせなければならないと考えた」と、ジャーナリズムに関わった理由を語っている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story