コラム

トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか

2016年07月18日(月)06時51分

 エルドアンは独裁者とは言えないだろうが、政府に批判的なジャーナリストや文化人を逮捕し、新聞社を閉鎖するなど言論の自由を侵害する強権的で独裁的な傾向を強めている。反乱軍の声明は「立憲的秩序、民主主義、人権、自由を回復し、トルコ国内にもう一度、法の支配を確立するため」というものだった。

 反乱軍人たちの勘違いは、自分たちがエルドアン体制での強権化の流れに危機感を強める反エルドアン勢力の声を代弁していると考えたことだろう。反対勢力とは、世俗派であり、エルドアン政権と対立し、イスラム的道徳を強調するギュレン運動である。エルドアン氏はギュレン運動がクーデター騒動の背後にいると名指ししたが、ギュレン運動が画策したものでなくても、エルドアン氏が強権的手法で政敵を抑えているという政治的状況が、軍人たちに「クーデター幻想」を抱かせたのかもしれない。軍を動かすことで、エルドアン支持派を沈黙させ、反対者の喝采を浴びて、体制を転覆できるという幻想である。

 結果的にはクーデターを歓迎する市民がいたが、群衆にはならなかった。逆に、群衆になって戦車を取り囲んだのは、クーデターに反対する市民だった。エルドアン氏が選挙で50%の支持を得ているという実績の前で、反乱軍の時代錯誤的な浅はかさが露呈した。しかし、欧米の民主主義が確立されている国々では、軍がクーデターを起こすという発想自体が通用しないのだから、トルコでは軍人が「クーデター幻想」を抱く、時代錯誤的な政治の空気を払しょくしきれていないということになる。

危機を逆手にとって政治的攻勢に出るエルドアン

 トルコの課題は、軍人たちがクーデターを夢想だにしないような国になることだろう。そのためには、民主主義が政権支持勢力のためだけでなく、政権批判勢力にとっても利益であるような体制をつくるしかない。つまり、批判勢力の言論を弾圧するようなエルドアン氏の強権的手法を改めるしかない。しかし、クーデター直後のエルドアン大統領の言動を見る限り、自分の支持者の力を誇示し、批判勢力を排除し、圧力をかけるという方向に動いている。

 クーデターに関係した者たちの逮捕など事態の収拾においても、判事など多数の司法関係者を更迭したのは、司法界に影響力を持つギュレン運動が、エルドアン氏を含む政権の汚職捜査を進めていたためであろう。それはクーデター騒ぎに便乗した権力固めというそしりを受けかねない。さらにユルドゥルム首相はクーデターを防ぐためとして、トルコが2002年に廃止した死刑制度の復活に言及した。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

12月ショッピングセンター売上高は前年比1.8%増

ワールド

円安ショック後の物価押し上げ、近年は過去対比大きく

ビジネス

11月改定景気動向指数は114.9、速報値から下方

ワールド

片山財務相、為替市場「緊張感持って注視」 米当局と
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 6
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 7
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 8
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 9
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 10
    「20代は5.6万円のオートロック、今は木造3.95万円」…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story