コラム

エジプトの人権侵害を問わない日本のメディア

2016年04月08日(金)15時42分

 社説では「シーシ氏が2013年夏のクーデターの後、政権についてから、数百人の政治的な反対者が死刑や終身刑の判決を受けた。2年前にカイロのデモで1000人以上が死んだことについて誰も責任をとっていない。軍事法廷が拡大されており、ジャーナリストが捕らえられ、裁判にかけられる。NGOの活動は厳しく制限されている」と、エジプトの人権侵害を挙げた。

 そのうえで、「中東が急速に混沌としていく中、英国やほかの欧米諸国がシーシ大統領と連絡のチャンネルを持つことには意味がある。欧州諸国が暴力的なイスラム過激派のネットワークや難民問題の解決策を見いだすためにも、エジプトはトルコと同様に必要不可欠な対話の相手である」と書く。

 社説でシーシ大統領との対話に対して「用心せよ」と書くのは、「問題はシーシ氏と話をするかどうかではなく、どのように話がなされ、何が話されるかである。シーシ氏が(西側に)受け入れられたことが、その権力乱用の行動も認められたととられかねない危険がある。そうなれば、シーシ氏が普遍的な価値を踏みにじっているだけでなく、西側が恐れる不安定化を作り出しかねない危険がある」という緊張感をはらんだ問題意識があるためだ。

 社説の結論はこうだ。「会談している部屋の外で抗議している人々と、中でシーシ氏と対話している指導者たちのどちらも、独裁的な行動を前にして(抗議者の)一面的な憤慨に陥ってはなってはならないし、かといって(政治指導者の)ひとりよがりの満足であってもならない」

 ドイツのメディアも、英国のメディアも、シーシ大統領の自国への訪問を前に、言論機関としてどのように対応するのかを苦悩した跡が明確に感じられる。それに比べて残念なのは、シーシ大統領の来日に際して、日本のメディアにそのような問題意識が感じられなかったことである。エジプトで起こっていることは日本から遠いからだろうか。しかし、シュピーゲル誌が必死で人権問題でシーシ氏に食らいついたのが、エジプトの人権問題が他人事ではないという思いからだとすれば、日本もドイツと同様に戦前には人権が蹂躙された経験を持つ。

市民社会に対するメディアの問題意識の希薄さ

 言論の自由の問題は日本でも、いま問題となっている。シーシ大統領の来日前に、日本では高市早苗総務相が、放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返した場合に電波停止を命じる可能性に言及した問題が出ていた。高市氏が自身のコラムで、放送法に抵触する具体例として、「テロリスト集団が発信する思想に賛同してしまって、テロへの参加を呼び掛ける番組を流し続けた場合には、放送法第4条の『公安及び善良な風俗を害しないこと』に抵触する可能性がある」を挙げたことも報じられた。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story