コラム

本当の危機は断交ではなく、ISを利する民衆感情の悪化【サウジ・イラン断交(後編)】

2016年01月09日(土)11時24分

スンニ派にも広がる政府批判のデモ

 ニュースから、サウジで「アラブの春」のシーア派だけでなく、スンニ派の若者の間でも政府批判のデモが起こっているということが分かった。インターネットサイトを見ると、リヤドやリヤドの北部のカシム州の州都ブレイダなどで街頭での小規模なデモが続いている。女性も参加するデモや、プラカードだけを持った無言のデモなどがインターネットの動画サイトで掲示されている。治安部隊はデモも弾圧し、女性や若者が拘束されているという情報もあった。

kawakami160109-b.jpg

2013年1月にサウジの保守的な地域ブレイダであった女性拘束者の釈放を求める民衆のデモの1場面 YouTube

 アムネスティ・インターナショナルやヒューマンライツ・ウォッチなど欧米の人権組織の報告によると、サウジでは2011年春に「アラブの春」に呼応して政府の改革を求めるデモが起こり、サウジ政府は同年3月にデモを禁止する措置をとった。しかし、同年12月に長期拘束者の釈放を求めるデモや抗議運動が再燃したという。

保守地域で起こるイスラム的改革要求

 アブハの自爆テロ犯が参加したという「多くのデモ」とは、そのような被拘束者の釈放を求めるデモだろう。その若者が拘束され、その釈放を求める訴えが上がるというような悪循環である。さらに、政府批判や内務省に抗議するデモが起こる町として、サウジでは最も保守的な地域であるブレイダが出てくる。ブレイダの人々が求める改革は、厳格なイスラムに基づいたイスラム的な改革である。

 欧米や日本では「アラブの春」を民主化の動きとしか理解していないが、その本質は、腐敗した強権体制に対して、若者たちが立ち上がった世直しの動きである。それは、エジプト革命で当初、世界が注目した「4月6日運動」のような若者組織が、民主化を実現する選挙にはほとんど関心を示さず、革命継続を唱えてデモを繰り返したことでも分かる。

「アラブの春」の第1のスローガンは社会に広がった腐敗や格差を是正する「公正・正義」だった。公正を実現するために、若者運動の中からは方策は出てこなかった。20年、30年前なら世俗派イデオロギーの社会主義が世直しのイデオロギーとして出てきたかもしれないが、アラブ世界でも社会主義は過去のものである。

選挙を制したイスラム的な世直し

 代わりに、「正しいイスラムの実現」としてイスラム的な世直しを掲げたイスラム穏健派のムスリム同胞団系政党がチュニジアでもエジプトでも選挙で勝利した。2012年のエジプトの大統領選挙で、同胞団系候補と軍出身の候補の決選投票となった時、若者たちの多数は同胞団系候補を支持した。

 1年後の2013年に同胞団政権に対する若者たちの反発が広がったのは、同胞団政権が「イスラム的政策」をとったからではなく、同胞団の保守的な立場が明確になり、軍や旧政権勢力と妥協したために、若者たちが求める「革命」を裏切ったとみなされたためである。

「アラブの春」後に、イスラム穏健派の政権が成立する一方で、エジプト、チュニジア、リビアなどいたるところで台頭したのが、サラフィー主義と呼ばれるイスラム厳格派である。若者たちがサラフィー運動の担い手となった。世直しを求める若者たちの意思が、より厳格な形でのイスラムの実現を求めるサラフィー主義に向かう契機となっている。さらに、サラフィー主義が戦闘化したISもまた、「アラブの春」の流れのなかで、若者たちの反乱として位置づけられねばならない。「アラブの春」は終わったのではなく、ISという危険な形で続いている、という認識である。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story