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本当の危機は断交ではなく、ISを利する民衆感情の悪化【サウジ・イラン断交(後編)】
過去の清算ではなく、新たな治安の危機への対応
今年の年頭に10年前のテロに関わったアルカイダの死刑囚を集団処刑したことは、単に過去の清算ではなく、2015年にISによるテロが頻発したことと無関係ではないはずだ。内務省は治安の新しい危機に対応するために、歴史的ともいえる集団処刑を決断したのである。新しい危機とは何かを解くカギは、内務省がジハード(聖戦)を呼びかけたザハラーニ師と共に、「アラブの春」を称揚したニムル師を処刑したことにあるのではないかと考える。
つまり、内務省は、ザハラーニ師が唱えた「サウジ体制を拒否し、暴力に訴えるアルカイダのテロ」を抑え込むだけでなく、ニムル師が唱えた「アラブ春の若者たちのデモに象徴されるような集団活動」を抑え込むことを意識したという読みである。普通の市民にサウジ王国を批判するような考え方や情報が発信されることに厳罰を下したのである。
今回の集団処刑についての内務省の記者会見で、マンスール・トルキ報道担当が、特に若者たちに向けて「テロ組織はサウジの治安と安定を乱すために、あなたたち(若者)を道具として使う」と警告したとサウジのメディアが伝えている。
その言葉の意図を深読みすれば、サウジが直面しているのは、かつてのアルカイダのような社会から孤立したテロ集団ではなく、人口の半数以上を占める若者たちに広まっている運動だということになる。サウジで2015年に噴き出し、サウジが現在直面しているISの脅威は、かつてのアルカイダ的なテロではなく、「アラブの春」で噴き出した若者の反乱という側面を持っているのではないかと、私は考えている。
若者たちに広がる失業や格差への不満
アルカイダは「組織」であったが、ISは若者に広がる「運動」としてサウジ体制を危うくしているということではないか。イラクとシリアにまたがるIS支配地にアラブ世界や欧米から3万人以上の若者が参戦しているという現象も、ISが「運動」と考えれば納得がいく。サウジに出てきたIS組織が、「シーア派敵視」と「サウド王家批判」の2つのベクトルを持つことには、イラクやシリアでシーア派の軍事的な攻勢によって殺されるスンニ派民衆を救援するという意味があり、またサウド王制の下で失業や格差が広がる若者たちの不満とつながっている。
サウジの年齢中央値は「アラブの春」の直前の2010年で26歳だった。20代、30代の若者が人口の半分以上を占めることを意味し、若者の就職や結婚が大きな問題となっている。政府が用意できる公務員や銀行など優良企業に就職できるのは全体で見れば限られ、かつてはアジアからきた外国人労働者が従事していたレストランの従業員などのサービス業にもサウジ人の若者がつくようになっている。その一方で、大きな格差が表面化している。
サウジにも共通する「アラブの春」状況
2011年にチュニジア、エジプト、リビア、シリアで若者たちが強権体制に対してデモを起こした「アラブの春」の背景には、人口中央値が20代半ばの若い国々で、失業や格差拡大に対する若者たちの不満があるといわれたが、同様の構造はサウジにもある。「アラブの春」ではサウジや湾岸諸国でも若者たちがフェイスブックなどを通じてデモを呼びかける動きがあったが、表面的にはシーア派の大規模デモ以外は、大きな動きにはならなかった。
湾岸地域で最も深刻な若者問題を抱えるサウジに「アラブの春」が波及しなかったのは、政府が雇用対策や住宅対策で大金を投じて、不満懐柔策に出たことと、デモや集会を禁止し、強権で抑えたためである。サウジでの「アラブの春」と言えば、一般的にはシーア派のデモの印象しかない。しかし、スンニ派地域でもデモがあり、いまに続いていることが、昨年サウジで起こったISによるテロに絡んで話題になったニュースで分かった。
8月にスンニ派地域のアブハの治安部隊のモスクで自爆テロを行った犯人について、サウジ内務省は21歳のサウジ人の若者の名前を発表した。その後、アラビア語衛星放送「アルアラビーア」で、「自爆犯はいくつものデモに参加して警察に45日間拘束されたことがある。その時、ツイッターなどのインターネットサイトで『釈放』を求める動きが広がり、釈放された」という情報が過去のツイッター画面とともに報じられた。報道は、デモに参加した若者が実は過激派で、釈放されたらテロを行ったことに人々の怒りが出ているというような内容で、政府のデモ規制を擁護するニュアンスである。
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