コラム

難民はなぜ、子供を連れて危険な海を渡るのか

2015年11月11日(水)16時25分

kawakami151111-c.jpg

子供を連れて密航を試みているシリア人の家族=イスタンブールのアクサライで(2015年10月、川上泰徳撮影)

 私は今年9月末、トルコのイスタンブールの商業地アクサライに集まるシリア難民やイラク難民を取材した時に、欧州に渡る難民に2つの種類があることに気が付いた。一つは当然、20代、30代の独身の若者たちだ。アサド政権軍の空爆を受ける反体制派地域の若者たちが多い。一方で、政権支配地域から兵役を逃れてきたという若者もいた。

 シリア軍は内戦前には30万人いたが、いまは半分以下に減っているという。兵士の死亡による減少に加え、兵役を拒否して国外逃亡する若者たちが後を絶たない。戦争で若者たちが将来を奪われるのは、政権地域も反体制派地域も同じである。

家族連れが欧州に着いた難民の半数以上を占める

 欧州を目指す難民たちで、もう一つ特徴的なのは、幼い子供をつれた家族連れである。密航希望者の情報交換の場所ともなっているアクサライの広場には、なぜ、こんな幼い子供を連れて欧州に渡ろうとするのだろうと思うような、家族連れをあちこちで目にした。ボドルムの海岸に打ち上げられた3歳児の家族もそうであるし、Aさんと同じ船に乗った5人家族もそうだろう。

 今年8月にパレスチナ自治区ガザに行った時に、ガザに事務所を置く欧州の人権組織の担当者から、ガザから欧州への密航が大きな問題になっているという話を聞いた。7年前から続く経済封鎖、6年間でイスラエルによる3度の大規模攻撃、65%に上る若者層の失業率......。若者たちの多くがガザから脱出しようとしていたが、ここでも家族連れの密航があった。

 ガザの絶望的な状況を象徴するのは、昨夏50日間続いたイスラエルによる大規模攻撃後の昨年9月初め、エジプトのアレクサンドリアから出港した密航船が地中海で沈み、400人以上が死んだ事件である。そのうち300人以上がガザ出身者だった。

 沈んだ密航船の取材で、3歳の長男と1歳の長女を連れた夫婦の4人家族の遺族に話を聞いた。家族は密航を止めたが、若い父親は「ガザの状況は最悪だ。ガザに残るくらいなら死んだほうがましだ。私は神に運命を委ねる」と反対を押し切って家族を連れてガザを出たという。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計では、今年10月までに海を渡って欧州に着いた難民は77万人おり、うち20%が子供で、14%が女性という。海を渡る難民の3分の1が女性と子供ということは、夫や父親を含めた家族連れが難民の半分以上を占めることが推測できる。

 海岸に打ち上げられた3歳児の遺体の写真が世界的な反響を呼び、海を渡る難民の中に子供をつれた家族連れがいることは日本でも知られているとしても、これほど多いということは余り認識されていないだろう。実際に子供を同行しなくても、Aさんのように「難民生活で子供の将来が開けない」という親としての焦りと危機感から密航を決意する男たちも多いのである。

難民支援で必要な「クオリティ・オブ・ライフ」

 日本政府を含め、シリア周辺国への国際的な難民支援は、衣食住や医療という人道支援が中心で、親や家族を密航に駆り立てる「子供たちの将来」への配慮は十分に視野に入っているとはいえない。しかし、難民キャンプで最低限の衣食住を与えられるだけでは、子供を持つ親たちの不安は全く軽減されず、時間がたつにつれて子供の将来への心配は膨らむ。その結果、子供を育てられる安定した環境を求めて、欧州への命がけの密航に身を投じることになる。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story