コラム

「シーア派連合」と連携するロシア、「裸の大国」と化したアメリカ

2015年10月28日(水)18時14分

 しかし、これはアサド政権による反体制派地域への無差別攻撃と全く同じパターンであり、同じ特徴である。それが、より高度で、より強力な爆撃機とミサイルによって実施されていることになる。

 そこにあるのは、政権にたてつくものを力でねじ伏せようとする強権の発想である。しかし、力の論理が通用しなくなっているところに、「アラブの春」によって開かれた中東の新事態がある。だからこそ、シリア内戦が始まって4年半で死者が25万人を超え、うち3分の1が民間人という地獄のような状況に至っているのである。

 その上、400万人を超える難民が国外に出て、国内避難民も700万人を超えるという第2次世界大戦後、最悪の人道的悲劇ともなっている。力でたたきつぶせばいいというプーチン流発想では、中東の状況を飛躍的に悪化させることにしかならないと強い危惧を覚える。

米国が訓練した「TOWの王」が殺された

 ロシア軍の空爆について、もう少し細部を見ていこう。いくつかの軍事関係サイトのリポートを見て分かるのは、ロシア軍の空爆が、シリア軍の地上での攻勢と密に連携していることである。ワシントンに拠点を置く米国寄りの「戦争研究所(ISW)」が21日に発表した「ロシア軍のシリア空爆報告」では、「ロシア軍の空爆は反体制派勢力を打倒しようとするアサド政権への支援を継続している。10月19日から20日にかけて、空爆はアレッポの南郊と、ハマ県の北西にあるガブ平原、ラタキア県の北東のアクラド山地などへの政権軍地上部隊による反体制派勢力に対する攻勢を援護する形で行われた」としている。

 ロイター通信によると、シリア北部の海岸地帯ラタキア周辺地域でのロシア軍の空爆で、米軍の訓練を受け、米国製TOW対戦車ミサイルを提供された反体制派「自由シリア軍」の司令官バセル・ザモが殺害された、という。TOWは米軍が自由シリア軍に提供している主要な武器の一つで、政権軍の多くの戦車がTOWで破壊されたという。

 ザモはTOWの訓練を受けて、さらに戦闘員に使用訓練をし、「TOWの王」の異名をとっていた。戦争研究所(ISW)は20日の報告で、「ロシア軍の空爆は、米軍からTOWの提供を受けた『穏健な反体制派勢力』の排除を続けている」として、TOWを装備している部隊はラタキアだけでなく、イドリブやハマ、ダマスカスでも空爆の対象になっていると記している。

 米国が訓練しているシリアの反体制派が、ロシア空軍の標的になったことは、米大統領府や米国防総省でも問題になったという。AP通信によると、米国防総省はロシア国防相の国際担当にビデオ電話を通して、「米ロの間で意図しない緊張の高まりを防ぐために、ISが活動していない地域でのロシアの軍事行動に対する懸念を表明した」という。実際にどのようなやりとりかは分からないが、報道を見る限りは、米国が公式にロシア軍に抗議したわけではなく、いかにも腰の引けた対応である。

 ロシアの空爆の特徴は、「空爆と地上軍の連携」が、明確な目的を設定して、綿密に立案されているということだろう。ロシア軍とシリア政権軍の共同作戦だが、主役となる政権軍は兵員不足のため、ヒズボラ軍およびイラン軍が監督するイランやイラクのシーア派民兵組織が参加している。作戦には、ロシアとイラン、イラク、ヒズボラという幅広い連携と意思疎通が必要となる。重要なことは、ロシアがそのような多元的な軍事作戦の一角をプレーヤーとして担っているということである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ「和平望むならドンバス撤収必要」=ロシア

ワールド

プーチン氏、ザポリージャ制圧へ作戦継続指示 州都1

ワールド

中国軍、台湾包囲の大規模演習 実弾射撃や港湾封鎖訓

ワールド

和平枠組みで15年間の米安全保障を想定、ゼレンスキ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story