コラム

「無傷で乗り切れたのは幸運だった」児童性的虐待が蔓延していた時代を生き延びて

2023年04月06日(木)16時45分

僕たちのほとんどが生まれて初めて親と離れて宿泊する機会となる、学校行事のお泊り旅行で10~11歳の時にフランスのルルドへ行った際にも、彼が一緒に参加していたことを思い返すとゾッとする。あれは彼にとって「予行演習」だったのだと思う。彼は聖職者の仮面に隠れながらどれほど子供たちに接近できるか試していた。

あの当時から、数十年後に彼が収監されるまでの間に、彼は児童養護施設に入り浸り、有名人に言い寄り、教会の「誤った判断」のせいで「懲戒処分」になり、破門や法の裁きを受けるのではなく他の教区に「異動」になる、という興味深い「経歴」を築いた。彼は教会の庇護のもとでやりたい放題だった連続児童虐待犯だった。

彼が当時はまだ巧妙なやり方を確立する前だったから、僕と僕のクラスメートたちは幸運にも彼の魔の手を逃れられた。あるいは、僕がそう思い込んでいるだけなのかもしれない。発覚したあらゆる児童虐待事件の陰には、表に出ていない被害者が多数いるというのが、悲しいかなお決まりのパターンなのだ。

見知らぬ他人より身近な人のリスクが高い

僕がカトリック系中学校の生徒だった13歳の時、男性教師が僕の前で性器をさらしてきたことがある。「カリスマ的な」体育教師のテリー・ローサーだ。僕が遭遇した一件から何年も経過してから、彼はこの同じ学校の生徒2人を性的虐待した罪で有罪判決を受けた(被害者2人はかなり年齢が離れていたから、この2人の間の時期にも他の被害者がいたに違いない)。

僕は彼とは別の体育教師に、次の体育の授業の予定を聞く用事があったのだが、代わりに「テリー」が体育教諭室から裸で出てきた。もちろん、体育教師たちはシャワーを浴びたり着替えたりする必要があるから、僕たち生徒はドアをノックして返事があるまで外で待つのが当たり前だった。それなのにテリーは、タオルを巻く代わりにニヤニヤ笑いながら、尻に手を当てて裸の腰を突き出すようにして部屋から出てきた。きまり悪い顔をする僕を見て彼が楽しんでいた様子を、はっきりと覚えている。僕は、性器を突き出して立つテリー越しに、別の教師に声をかけて授業の予定を聞くよりほかに方法はなかった。その別の教師の返事もしっかり覚えている。「先生たちが着替え終わるまでダメだよ、ジョイス君」

別の教師が僕を守ってくれたのだと何年も思い込んでいたことに腹が立つ部分もあるが、いま思い返してみれば彼は虐待教師を守っていただけだと結論付けることしかできない。僕がタイミングの悪い時に来たからこうなっただけ、と暗に言っていたようなものだったからだ。万が一僕が両親に何か変なことを報告し、さらに万が一僕の両親が何か不適切なものを感じ取った場合に、こう説明すれば通用する――コリンはたまたまタイミングが悪い時に来た、と。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story