コラム

イギリス版「人種差別抗議デモ」への疑問

2020年06月13日(土)14時30分

米ミネアポリスの事件に端を発した抗議デモは英全土にも広がった(写真は今月6日のロンドン) John Sibley-REUTERS

<アメリカとは状況が違うイギリスで、コロナ禍に黒人の命を危険にさらしてまで抗議デモをする(しかも誰も疑問を口にできない)のはどうなのか>

一見したところ、ロンドンやその他のイギリスの都市で行われているBlack Lives Matter(黒人の命は大事)抗議運動は、米ミネアポリスで警官の拘束により命を落としたジョージ・フロイドの死に対する怒りへの共感を示す、気高い国際的な動きの一環であるように見えるかもしれない。

しかし僕は、ここイギリスでの抗議運動は、黒人に対する間違った根拠やどうしようもなく単純化されていたり、ひどく誇張されていたり......あるいは有害な可能性すらある前提に基づいているのでは、と見ている。その前提とは、フロイドに起こったことはイギリスの黒人が直面している問題を表すものであり、イギリスの黒人・白人間の悪しき格差は究極的には体系的な人種差別のせいであり、唯一の頼みの綱は立ち向かって抗議することであり、人種差別は新型コロナウイルスよりも差し迫った脅威である、というものだ。

フロイド殺害(それ自体が衝撃的な事件だ)が明らかに、憂慮すべき事態の一端として起こったアメリカで、激しい怒りが生じて当然だということは、僕も異論はない。でも、これはイギリスでは起こっていないし、イギリスの警察はミネアポリス市警ともニューヨーク市警とも違う。同様の事件が国内で起こっていない以上、イギリスの抗議運動は、許し難い状況に対して怒りが爆発した、というより世界的な流行に乗ってみた、というように見える。

僕が何より懸念しているのは、極端な反人種差別運動が、分別ある議論をいかに抑え込んでしまうか、いかに地道な進歩を台無しにしてしまうか、いかに政治目標の設定に妨げになってしまうか、という点だ。「反人種差別主義者」という言葉を僕は、イギリスの圧倒的多数派である「人種差別に反対する人々」という意味では使わない。むしろ僕は、人種問題に対して極端で対立的な手段を取る、BLM運動のような偉大なる闘争の先導者を自称する、比較的少数派の人々を指して使っている。

まず、彼らは、人種差別との戦いは唯一最大の問題であり、人種差別と戦うことはいかなる場合でも決して間違いにはなり得ないとの物語を作り出してきた。だからこそ、ロンドンや他のイギリスの都市の抗議運動は、道義的に正当化できるだけでなく、参加者にとって必要不可欠なものである、とみなされている。

今、この時期に限っては、新型コロナウイルスという特殊な事情によってこの手の大規模な集会は禁止されているにもかかわらず。イギリス全体が何カ月もの隔離生活で、仕事にも学校にも行けず、多大なる犠牲を払っているという事実にもかかわらず。感染を広げる「基本再生産数」が1に近く、1を超えると規制の緩和が延期になるか撤回されてしまうという危険な状況にいるにもかかわらず。そして、医師や看護師が命懸けで感染者の治療に当たっているという事実にもかかわらず。

反対意見を表明しにくい

2つ目に、反人種差別運動に対して少しでも煩わしさを感じることは、すなわち人種差別主義者と共犯である、とみなされてしまうだけに、反対意見は表明しにくい。イギリス人の大多数がこの抗議運動にギョッとしていることはほぼ間違いないと思うが、「隠れ人種差別主義者だ」とか「白人の特権に安住している」などと見られるのが嫌で、多くの人が意見を口にできずにいる。当局が抗議運動を禁止せず、社会的距離の順守や大規模集会の禁止といった規制に大幅に違反しても警察が黙認した理由も、ここにある。彼らは人種差別主義者との汚名を着せられるのを恐れていたのだ。

これが他の目的の抗議運動だったら、事情は大きく違っただろう。反人種差別以外の抗議運動だったら(たとえこんなご時世にわざわざ集まろうとするグループがあろうと)、禁止され、実行できなかっただろう。つまり、人種差別反対運動は、反対意見も批判も唱えられないほどに、神聖なる大義へと上り詰めてきたのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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