コラム

イギリス版「人種差別抗議デモ」への疑問

2020年06月13日(土)14時30分

3つ目に、他の抗議運動でも「われわれに賛同しないのならあなたは敵だ」という主張は見られるものだが、今回の抗議運動はそれがあまりに極端だ。彼らの掲げるスローガンの1つに「沈黙は暴力」がある。いうならば、積極的に人種差別主義への反対を叫ばない人は、人種差別問題の一部だということになる。この抗議運動は、賛同を強要する。Black Lives Matterという名称さえ問題だ。社会がそもそも「黒人の命は大切でない」という姿勢であることを意味してしまうからだ。

4つ目に、人種差別主義者の定義はこれまでにないほど微妙なニュアンスへと進化し続けている。もはや人種差別主義者とは20年前のように、違う人種の人々を嫌悪したり差別的な言葉をかけたりすることを意味しない。今では、間違った用語を使っただけでも人種差別主義者になり得る。たとえその用語が、10年前なら問題なく使えたものであっても。

もしも「coloured people(有色人種)」などと言えば、責め立てられるだろう(でも全く同じ意味なのに、「people of colour(有色の人々)」は全く問題ない)。黒人(Black)、アジア系(Asian)、少数民族(Minority Ethnic)を示すBAMEという言葉が今では最も「正しい」言葉として反人種差別主義者に使われている。だが、イギリス人の大多数はこの言葉を知らないか、この言葉が何を表わすのか知らない(あるいはどう発音するのか知らない)。反人種差別主義者にとって、その事実は、僕たちの多くが人種問題に無関心である「証拠」にほかならない(単に最新の流行語に疎いというだけでは済まされないのだ)。

あるいは、自分が生まれる何世紀も前の出来事(奴隷制など)について十分に謝罪の姿勢を示さないとか、知っておくべきとされる重要な事実(たとえばローマン・ブリテン時代のローマ軍には黒人兵士も従軍していたから「イギリスには2000年前から黒人がいた」など)を知らないといったことでも、現代では人種差別主義者とされてしまうのかもしれない。

毎年強制される黒人歴史月間

人種差別主義者の定義を管理し、その定義を果てしなく広げることで、彼らは強迫観念を生み出し、普通なら味方であるはずの人々を締め出す一方で、自らを歴史の正しい側に立つ大胆なマイノリティーに仕立て上げている。今日では、多様性を「祝うこと」に熱心にならないだけでも人種差別主義者になり得る。

僕には、10月を毛嫌いしている友人がいる。彼の勤務する学校では毎年10月、ブラックパワーを示す拳を突き上げたポスターが掲げられ、黒人歴史月間を祝うことを強制されるからだ。彼が腹立たしく思っているのは、(たとえ学術的な場であれ)こんな疑問を感じても人種差別のレッテルを張られるのを恐れて口にできない雰囲気があるからだ――なぜ他の人種はやらないのに、黒人の歴史だけ祝う? なぜ他の問題より重視される? まる1カ月使って、それも毎年やる必要があるのか?

5つ目に、人種差別主義への非難は、合理的な議論を抑え込むのに使われる可能性がある。人種差別だと非難されているときには、人種差別のレッテルを張られないよう特に気をつけて防戦しなければならない。こうして彼らの主張自体はもはや議論にも上らなくなり、いったい彼らに主張できるほどの権利があるのかどうかが論点になってしまう。そして、人種差別主義者の非難を浴びて自己弁護に回った人は誰でも、「火のないところに煙は立たない」式の理論で反人種差別主義者たちからある程度、有罪扱いされる。

反人種差別主義者にとっては、「私は人種差別主義者ではないけれど、でも......」という言葉で話し始める人は、その後に続く言葉が何であれ、人種差別主義者なのだ。それは無敵の論法になる――自分に賛同しない人を人種差別だと非難し、そんなことはないと相手に否定させ、そしてその否定をもって何か後ろ暗いことを隠している証拠だと糾弾する。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベネズエラ同盟国がマドゥロ氏支持表明、米の石油タン

ワールド

ノーベル委、平和賞受賞のモハンマディ氏逮捕を非難 

ビジネス

英の暗号資産規制、27年10月から開始 財務省発表

ビジネス

欧州委、内燃エンジン車販売禁止撤回提案へ 独メーカ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story