コラム

スターリンの恐怖と今のロシアの危険な兆候

2018年06月27日(水)17時20分

国民よりも国家の威信のほうが大事?

少し話はそれるが、スターリンがモスクワにある各国の共産主義政党による国際組織「コミンテルン」も粛清したということは、興味深かった。ハンガリーやポーランド、ドイツの共産党員たちが逮捕されたが、これらの国々がソ連を外交的に非難することはなかった。

だが一方で、自国民が粛清されたとなれば黙っていないであろうイギリスやフランス、アメリカの共産党員たちは、粛清を免れた。その理由は、彼らはスターリンたちが転覆したかった自由民主主義社会に守られていたからだ。

もしもイギリス国民がロシアで逮捕・処刑されるようなことがあれば、イギリスで激しい反発を呼んだことだろう。皮肉なことに、自国の民主主義を破壊したいと考えていた英米仏の共産党員たちは、その民主主義によってスターリンの毒牙から守られていたのだ。

この本はスターリンが国を完全掌握する過程で、自身の党内ライバルを破滅させ、科学者や実業家、軍司令官、作家、医者を含む著名な人々を逮捕したことに焦点を当てている。スターリン政権下で粛清された何千万もの無名の農民や労働者はこの本の主題ではないが、無視されてはいない。

この本の最後には希望も感じられる。コンクエストは90年のこの本の締めくくりで、ついに真実が明るみに出るようになり、犠牲者の記録を掘り起こす「メモリアル」と呼ばれる運動が始まったことに触れている。「ソ連政権下でこんなにも長い間、真実を明らかにすることを阻んできた抑圧と改竄は、今や崩壊した」と、彼は書いている。

こうした希望は大部分が達成されたが、現在ではいくぶん修正主義的とも見えるような揺り戻しが起こっている。ロシアのプーチン大統領は、スターリンの「過剰な悪魔化」がロシア叩きの手段として使われていると発言している。メモリアルは、反ロシアの外国人勢力による運動だと非難されてもいる。

今のロシアでは、スターリンはナチスと戦った戦時指導者であり、産業経済をつくり上げた人物である、との見方が広がっている(そのどちらにおいてもスターリンの実績はひどいものだったのだが)。ロシアの人々はスターリンを、大量殺人者ではなく歴史上の「偉大な」人物だと見ている。今月、ロシア政権が2014年にひそかにスターリン時代の元受刑者の登録カードの回収を命じていたことが報じられた。これはつまり、数多くのスターリンの犠牲者たちが再び歴史から抹殺される可能性を意味している。

抑圧される国民よりも国家の威信のほうが重要だ――そんな考え方が続く限り、コンクエストがこの本で記した細部にわたる研究成果は、ずっと必要とされ続けるだろう。


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story