コラム

イギリスで進む「脱」民営化

2017年02月17日(金)19時30分

消費者の行動は反民営化に傾く

最後の例は、ロンドン交通局(TFL)だ。ロンドンの公共交通機関は2000年から市の管轄下にあるため、これは新しい現象ではない。僕が興味深く思ったのは、今のところTFLが私鉄各社と肩を並べられる存在になっているという点だ。

TFLは完璧にはほど遠いが、いくつか利点もある。1つには、旅客への情報提供だ。電車の到着時刻(と遅延)を知らせる駅の掲示板システムで先端をいっている。

2つ目には、運賃支払いシステム。ロンドンのあらゆる交通機関で使える「オイスターカード」は非常に革新的なサービスだ。便利だし、最も安い経路で精算してくれる信頼できるシステムだ(間違って払いすぎることがなくなる)。何と最近では、銀行が発行したデビットカードまで、オイスターカードと同様に使うことができるようになった。

3つ目に、顧客サービスだ。何らかのトラブルが発生した際に、TFLの駅係員は、その場で払い戻しをする権限を持っている。僕自身、このサービスを体験して驚いた。私鉄の場合は、書類を記入し、証拠を提出し、返事を数週間待つことになる。

しかも、現金の払い戻しではなく、無料乗車サービス券を受け取るだけ、ということもある(このシステムは明らかに、払い戻しを思いとどまらせ、先送りさせ、減らそうとしているようだ)。

4つ目には、投資。ロンドンの人口は大幅に増加しており、旅行者も増えている。新しい路線が作られ、環境に優しいバスや、テムズ川を渡るケーブルカーまで12年に開設した。

【参考記事】「ぼったくりイギリス」から逃げられないカラクリ

TFLが今の時代に「通用する」例だといえるのは、ロンドンの境界を越え、ロンドン通勤圏と呼べるところまで勢力を拡大したからだ。ロンドンの鉄道が市外まで走る日が来るなんて、僕は想像もつかなかった。でも今、TFLの電車はエセックス州シェンフィールドまで走っている。これはロンドン中心部から僕が住むコルチェスターまでの距離の3分の1を越えている。

だから僕は今では、よくTFLを使ってシェンフィールドまで行き、そこから別の鉄道に乗り換えて家に帰ることもある。場合によっては、かなり運賃が安くなる。欠点はあるものの、僕は私鉄会社よりもTFLを信頼している。

つまり、どうやら公営企業は、民間企業に改善を促すような新基準を打ち立てる役割を果たしているようなのだ(たとえば公営のNESTの「脅威」に対抗するために、民間企業の年金ファンドは手数料を下げるようになってきた)。

さらに公営企業は、民間よりしっかりと顧客ニーズに対応できる(民間企業では株主と経営者の利益が最優先だ)。そして公営企業は、大量の顧客を獲得し、効率的な経営ができる。

僕は民営化に対して賛成、反対の確固たる自説があるわけではない。でも僕(自由市場でいろいろな情報を手にしている一消費者だ)の最近の行動を見てみれば、おのずと見えてくる。僕が「消費行動という投票」によって、民営化に反対票を突きつけているということが。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国の和平案でウクライナに圧力、欧州は独自の対案検

ワールド

プーチン氏、米国のウクライナ和平案を受領 「平和実

ビジネス

ECBは「良好な位置」、物価動向に警戒は必要=理事

ビジネス

米製造業PMI、11月は51.9に低下 4カ月ぶり
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体制で世界の海洋秩序を塗り替えられる?
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story