コラム

僕がロイヤルベビーに女の子を望む理由

2013年03月03日(日)08時00分

 イギリスでは、子供の誕生を控えた親に男の子がいいか女の子がいいか聞くと、「元気な赤ちゃんならどちらでも」と答えるのが普通だ。これを聞くといつも、とても思慮分別のある答えだなと、僕は思う(ただ、既に男の子が3人いる場合は女の子がほしいと言うのは当然だし、逆もまたあり得る)。

 でもおかしなことに、僕はこれから生まれる赤の他人の第1子が、ぜひ女の子であってほしいと思っている。余計なお世話なのは十分承知だが、まだ生まれてもいないこの子供は既に公人なのだから、許されるのではないかと思う。

 世界中のほとんどの人々がご存じのように、イギリスのウィリアム王子とキャサリン妃の間にこの夏、第1子が誕生する。それよりはあまり知られていないかもしれないが、イギリスでは最近、王位継承法が改正され、彼らの第1子が男の子であろうと女の子であろうと、継承順位3位になることが決定した(継承順位1位はチャールズ皇太子、2位はウィリアム王子だ)。

 以前は、女性王族は男兄弟がいない場合のみ王位を継いでいた。今のエリザベス女王がこのパターンだ。新たな王位継承法では、3世代先の君主が王になるか女王になるのかは、五分五分の確率だということになる。

 キャサリン妃の子供が女の子で、女性の王位継承にまた道を開いてほしい、と望んでいるのは僕だけじゃない(僕が生きている間にこの子が王位を継承することはないだろう)。

■目立つ女性王族の活躍

 女の子を望むのにはわけがある。1つには、その頃にはそろそろ、女王が望まれる時代になっているだろうから。エリザベス女王の後に、チャールズ、ウィリアムと2人の王が続くからだ。

 もっと重要なのは、今のイギリス人のほとんどが君主制と言えば即座にエリザベス女王を連想する、ということだ。女王は昨年即位60周年を迎えた。いま生きているイギリス人で彼女が女王でなかった時代を覚えている人はごくわずかだ。大抵のイギリス人にとって、君主とはすなわち女王のこと。今の王室人気は、エリザベス女王が立派に役目を果たしてきたから、という部分が大きい。僕たちは女性君主を、ごく当たり前の事態だと受け止めているだけではない。理想的な状況だとすら考えている。

 イギリスの歴史全体を見れば女性君主は少数派だが、イギリス史上の2度の「黄金期」がどちらも女性君主の時代と重なるのは興味深い(エリザベス1世とビクトリア女王の時代だ)。

 僕が生まれてからこれまでの間だけ見ても、女性王族たちは目立つ存在だ。エリザベス女王の母であり、02年に亡くなったエリザベス王太后は「国家の祖母」として愛された(86歳になった現在のエリザベス女王も、同様の地位を築いている)。

 チャールズ皇太子の妹であるアン王女は国外ではそれほど知られていないが、イギリスではさまざまな慈善活動で賞賛を集めている。英王室に今ほどの人気がなかった80年代、こんなジョークも流れたものだった。もしイギリスが王制をやめて共和制になるとしても、アン王女なら選挙で大統領に選ばれる可能性が大いにある、と。

 彼女を「一番好きな王族」に挙げる人もいる。彼女がしつこいカメラマンに「消え失せろ」と発言したという有名なエピソードにも関わらず。というか、これこそが人気の理由かもしれないが。

■キャサリン妃はダイアナを教訓に?

 王族は信じがたいほどの特権を持って生活している。だが彼らが(その特権を受ける権利がある、という態度ではなく)特権に値する働きをしていると認められている限り、そして政治に不当に介入しない限り、僕たちは彼らの特権をおおむね認めている。

 チャールズ皇太子と、その弟アンドルー王子はこの点で評価できるような行動ばかりだったとは言い難い。近年の歴史で最悪の王族は、1930年代の「王冠を賭けた恋」で有名なエドワード8世だろう。彼は離婚歴を持つ人妻を妃に迎えようとして立憲君主制の危機を招き、第2次大戦前の重大な時代に君主制を脅かした。彼の退位は自分勝手な責任放棄だと捉えられた。

 あまり高く評価されていない女性王族だっている。エリザベス女王の妹マーガレット王女は地位にふさわしい役目を果たせなかった。ダイアナ妃はその魅力にもかかわらず、王族としての富とライフスタイルをあまりに満喫しているように見えたために、生前は反感も集めた。

 間違いなくキャサリン妃は、これを教訓にしていると思う。これまでのところ、彼女はカリスマ性を見せるとともに王室への親近感も呼び起こしている。

 あるコメンテーターは最近、イギリス君主制が「女性化」していることについて言及した。女性王族がより大きな役割を果たし、王室により思いやりあふれる印象をもたらしたという。もしこれが言えるなら、王室の女性化は国民に広く受け入れられるものだろうし、今の時代に合っているのだと思う。

 そんなわけで、僕は個人レベルでは、ウィリアム王子の子供は元気に生まれれば男女どちらでもいいと言うだろう。だけど王室について考えれば、僕はむしろ「元気な女の子」が生まれてほしいと思う。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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