コラム

アメリカの「国境調整税」導入見送りから日本が学ぶこと

2017年08月04日(金)17時00分

米国は連邦国家として付加価値税・消費税を採用してないため、こうした国境で調整できる制度がなく米国企業が不利を被っている、というのが共和党のライアン下院議長、下院歳入委員会のブラディ議長などの主張であり、その機能を持つBAT導入を目指していたわけです。ただし、法人税として輸出を免税・輸入に課税で調整することがことのほか不評を買い、国内からの強烈なロビー活動もあってBATに著しい修正を加えた代替案を迫られ、最終的には下院共和党案として付加価値税・消費税そのものの導入まで匂わせていました。

今回の共同声明発表と同時に下院歳入委員会のサイトにあったBAT推奨の特設ページが全て削除されましたが、削除以前のQ&Aの中にBAT実現の具体的手段として「米国は現在世界160カ国余りが採用しているのと同じような税制を採用することになる」としていました。そのpdfだけはネット上で今のところ確認できますので添付(最終ページに記載アリ)しておきます。

ここでは付加価値税・消費税という名称は出していませんが、BATの行きつくところはつまり消費税・付加価値税の機能を求めて、消費税・付加価値税の導入までをも視野に入れていた、というのがおわかりいただけるのではないでしょうか。

BAT導入に反対する米国内ロビー活動を積極的に展開してきた米国際自動車ディーラー協会(American International Automobile Dealers Association, 略名AIADA)はBATが実際には消費税と同じような機能を持つため、国内経済へ悪影響を及ぼすことは当然のことながら承知しています。

「国境調整税はすべての商品やサービスへの新しい消費税です」との認識を示した上で、具体的事例として、仮にBATが導入されれば輸入に依存している自動車部品は全て課税対象となるため、米国内で販売される乗用車は直ちに一律5.6%の値段の引き上げ、平均的に購入されている車一台に換算すると約2000ドル(1ドル110円換算で22万円)が値段に上乗せされるという試算を出しています。

【参考記事】トランプ税制改革案、まったく無駄だった100日間の財源論議

となれば米国人の車の購入意欲は減退、自動車需要が落ち込む結果「米自動車製造工場も小売業も、消費者と同じように痛みを感じ、雇用を削減せざるをえなくなる」、自動車ディーラーにとっても消費者にとっても「破滅的(devastating)」という言葉まで使っています。増税分は物価が短期的に上昇し、その後に急速な需要減退を伴い実体経済が落ち込むことは、日本で生活していれば皮膚感覚で実感してきたことでもあります。

AIADAの代表であるPaul Richie氏は「この税制計画が大幅な法人税減税をまかなうべく、消費者に負担を求めていることに気付いてからというもの、行動を起こさねばと思った。」とコメントしています。GDPの約7割を国内消費に依存している米国経済にとって消費減退は経済成長の根幹を揺るがす大問題であり、財界人であれば何としても避けたいとの発想に至るのはごくごく当然のことでしょう。それはGDPの約6割が国内消費で占めている日本とて同じはず。

AIADAは米国に進出している各国の自動車メーカーの団体ですが、米自動車業界誌『オートモーティブ・ニュース』はBATに反対するようメーカー各社がディーラーに要請、BATの「本質は隠れた消費税だ」との日本の自動車メーカーの談話を象徴的に紹介しています。

また、AIADAには日本の自動車メーカー14社で構成される日本自動車工業会も関連団体として名を連ねています。その自工会ですが、日本の消費税についてはかねてから引き上げに賛同を表明しつつ、消費税10%引き上げ時には消費者負担を軽減すべく自動車取得税・重量税などの撤廃を訴えていました。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 初の実

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 10
    70代は「老いと闘う時期」、80代は「老いを受け入れ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story