コラム

2024年、SNSプラットフォームが選挙を通じて世界を変える

2024年03月15日(金)15時40分

偽情報への対処は地域によって異なる

SNSプラットフォームは選挙の偽情報への対処も行っており、主要な対処方法は下記の3つだった。

デジタル・リテラシー・プログラム(23カ国)
ファクトチェック(21カ国)
コンテンツモデレーションポリシーの更新(21カ国)

グローバルマジョリティの国々と北米やヨーロッパではSNSプラットフォームの干渉はだいぶ違う。まず、全般的にSNSプラットフォームは、グローバルマジョリティの国々で北米やヨーロッパよりもシステマティックな偽情報対策を行っていない。

ほとんどのSNSプラットフォームは本社からの万国共通のテンプレートにしたがっていることが多い。同じ対策を講じることは一見、悪くないような気がするが、実際には全く逆の結果をもたらすこともある。それぞれの国ごとに文化や慣習、統治形態などが異なっており、同じ対策をとっても反応は異なるのだ。

さらにリソース不足が現場での雑な作業につながっている。ケニア、ナイジェリア、エチオピアの選挙に先立ち発表された選挙関連の誤報に関するポリシーは、基本的にコピー&ペーストで、細部がわずかに変更されているだけだった。

ひどいのはTikTokでブラジルの選挙にあたって掲載したポリシーは、米国の選挙ポリシーの一部をポルトガル語に翻訳しただけものになっていた。さらに問題なのはブラジルには郵便投票制度が存在しないにもかかわらず、郵便投票についても書いてあった。これらはあくまでも一例で、欧米以外の国では異なる国の選挙の告知をコピー&ペースト(必要に応じて翻訳)するだけになっているのが現実だ。グローバルマジョリティの国々のSNSプラットフォームでは選挙に関する杜撰な情報が公式ルートで発信されている。

選挙対策の後退

こうした状況にもかかわらず、SNS各社の選挙への対応は後退している。ほとんどのSNSプラットフォームがアメリカ企業であり、アメリカにおける偽情報対策の後退が、世界的なSNSプラットフォームの選挙対策後退につながっている。

2022年と2023年にSNS各社でモデレーションなどの部署の人員を大幅に削減された。イーロン・マスクが2023年10月Xの選挙インテグリティチームと、コンテンツモデレーション人員の多くを解雇したのは有名だ。Metaは、2020年の米国選挙後に自社のシビック・インテグリティ・チームを解散させ、ケニアのハブで180人以上のサハラ以南のコンテンツ・モデレーターを解雇した。SNSプラットフォームがリソースを節約するために、ファクトチェッカーやコンテンツモデレーターのようなサードパーティに信頼性、安全性、インテグリティの仕事を任せるパターンが増加している。

スタッフ削減の影響を反映して、選挙関連の告知も減少している。これまで杜撰だったものが、さらに悪化している。

マイクロソフト社のBingを通じて中国の検閲が世界に広がっている

SNSプラットフォーム以外にも問題はある。検索サービスを提供する企業が、検閲つきの検索サービスを権威主義国に提供していることだ。グーグルが中国にドラゴンフライと呼ばれる検閲つきの検索システムを提供しようとしていたことは以前に記事でご紹介した。グーグルはその後、イスラエルにも提供しようとしており、パッケージ化されたマニュアルなどから他の国にすでに提供していた可能性も示唆されている。

今のところグーグルが検閲つき検索サービスを権威主義国の政府に提供した事実は見つかっていないが、マイクロソフトが中国に同社の検索エンジンBingにサジェストキーワードの検閲機能を組み込んだものを提供していることをBloombergとCitizenLabの調査でわかっている。検閲内容は当局の指示ではなく、マイクロソフト社が当局の意向を慮って先取りしたものだった。

中国向けBingサービスは、2009年から始まっており、ビル・ゲイツは中国と緊密に協力することを提唱している。2020年に同氏がマイクロソフト社の取締役を退いた後も中国との関係は続いており、2023年6月に習近平と会談した際、習近平がビル・ゲイツを「旧友」と呼んだくらいには親密だ。こうした努力の甲斐あって、Bingは中国で百度と並ぶサービスに成長している。

マイクロソフト社は今でも万を超える中国企業と契約しており、研究開発部門特にBingについては中国人技術者が中心となっている。

マイクロソフト社と中国当局との蜜月はかつてのZOOM事件をほうふつさせ、マイクロソフト社が「アメリカの顔をした中国企業」になっている懸念を抱かせる。オンライン会議サービスで有名なZOOMは中国当局の意向に沿った検閲を行っており、問題ありと判断した会議を中断したり、利用者のIDを停止したりしていた。当時のZOOMは中国に開発拠点を持ち、社内に検閲やサービス停止を実行できる人間がいた。2020年4月にトロントのCitizenLabがその可能性を指摘し、同年12月に関係者が訴追された。

2022年5月には、中国向けのみだったはずのサジェストキーワードの検閲がアメリカやカナダなど他の国のBingに広がっていたことがCitizenLabの調査でわかった。この検閲は、WindowsのスタートアップメニューやブラウザのEdge、Bingのサジェストキーワードを利用しているDuckDuckGoにも及んでいた。

検索エンジンは政治的なバイアスとは関係ないアルゴリズムに従って検索結果を表示しているように錯覚しがちだが、Bingやグーグルに関する限りはそれは幻想にすぎないようだ。少なくともこの2つのサービスは現地の政府の要請があれば進んで検閲を行う用意がある(マイクロソフトは実行し、グーグルは内部告発で頓挫した)。中国はBingおよびBingを利用しているサービスを介して世界各国で行われる2024年の選挙に関連するサジェストキーワードを操作できる可能性がある。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story