コラム

欧米との協力関係の陰に潜む、インドのネット世論操作の実態とは?

2023年10月16日(月)17時00分

さらに気になるのはIndian Chronicles以降、大規模な暴露がないことだ。Indian Chroniclesへの対応で欧米はインドに対して忖度するというシグナルを送ったので、インドがやめるはずはなく、より広範囲の活動を行っている可能性の方が高い。実際、欧米のメディア以外ではネットあるいはそれ以外の影響工作に関する記事が散見される。しかし、欧米以外のメディアの報道が欧米に届くことは稀だ。

欧米各国とSNSプラットフォームから忖度を受けて自由にネット世論操作や連動した工作活動を行えるメリットを生かして、インドは中露と並ぶネット世論操作大国でありながら実態を知られることがない。

インドの政権は右派過激主義

インドのもうひとつの重要かつ危険な特徴は政権与党が支持するHindutvaだ。Hindutvaは宗教的な側面が強調されることも多いが、実態としては右派過激主義(RWE)の特徴であるナショナリズム、人種差別主義、外国人嫌悪、反民主主義、強い国家、陰謀論、マイノリティへの攻撃を持つことが最近の研究「Identifying Themes of Right-Wing Extremism in Hindutva Discourse on Twitter」で明らかになっている。

当然だが、Hindutvaは欧米が提唱する民主主義的価値感とは相容れない。Hindutvaの母体であるRashtriya Swayamsevak Sangh (RSS)という準軍事組織は50万人以上のメンバーを抱え、6万近い支部を持つ。RSSは災害などの際には救援を行ったりするが、その一方でイスラム教や批判的な活動家、カースト下位の者などに対しては暴力やいやがらせを行う。インド首相のナレンドラ・モディおよび閣僚の多くもRSSのメンバーとなっている。

Hindutvaの主張はそれを信奉しない人間には容易に受け入れられないものも多い。たとえばヒンズー教で神聖とされる「牛」の扱いである。2014年にBJPが政権を握って以来、牛を保護する法律がいくつかの州で厳罰化され、牛の保護のための国家牛委員会(Rashtriya Kamdhenu Aayog、RKA)も設立された。Hindutvaを支持する団体は牛の保護を理由に他の宗教の信者やカースト下位の者への攻撃を強化した。

ある州は牛の保護と福祉のための委員会を作り、別の州は牛の保護を強化した法律を施行した。特にカルナータカ州では、牛の自警団が行った暴力行為は免罪されることになった。2021年にはBJPが牛肉や加工製品の販売、保管、輸送を全面的に禁止する法律を提案した。

インドには28の州があるが、そのうち20では牛を屠畜することが禁止されている。牛に関係した暴力事件の90%以上はこの20の州で起きており、罰則が厳しい州ほど起きやすくなっている。牛の屠畜あるいは取引が行われたという疑いに起因するリンチや殺人は多数発生している。またインドは世界有数の牛肉輸出国であり、規制の強化、厳罰化は多くの人々の収入に影響している。

強力な国内監視システム

こうした体制を支える仕組みが統合化されつつある監視と管理である。すでに一度記事にしているが、生体情報を含む国民の個人情報、金融を一括で管理するAadhaarが普及している。公的書類の電子化も進んでおり、生活に必要なものの多くはオンラインで可能になりつつある。

データ漏洩など信頼性に疑問のあるAadhaarだが、India Stackと呼ばれるAPIを公開したことでサードパーティの参入が進んでいる。India StackはAPI群であり、これをサードパーティが利用することで本人認証や決済、あるいは公的文書の管理を行うことができる。特に普及しているのは統合決済インターフェース(UPI)であり、UPIの利用した決済は短期間で件数ベースでもっとも利用される決済方法になった。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン上空で米戦闘機撃墜、乗員1人を救助 対イラン

ワールド

連邦資金「着服」巡り民主州中心に調査、トランプ氏署

ワールド

トランプ政権、27年度国防予算の大幅増額要求 非国

ワールド

ロシア・トルコ首脳が電話会談、中東情勢について協議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 2
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 3
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 4
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 5
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 6
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 7
    中国は「アカデミズムの支配」を狙っている? 学術誌…
  • 8
    血圧やコレステロール値より重要?死亡リスクを予測…
  • 9
    『ナイト・エージェント』主演ガブリエル・バッソが…
  • 10
    満を持して行われたトランプの演説は「期待外れ」...…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 7
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 10
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story