コラム

ネット経由で世論を操作する「デジタル影響工作」の世界でも「ナノインフルエンサー」は活用されていた

2023年02月17日(金)19時50分

余談だが、SNSではネガティブな情報の方が拡散しやすいことはもしかすると、SNSプラットフォーム開発者や経営者の思想や偏見がエンコードされていたからかもしれない。前掲書でサミュエル・ウーリーは多数のエンジニアに取材し、彼らが個人的な思想や意見がコードやアルゴリズムに反映されていることを当たり前のように認めていたことを報告している。

ビッグデータを解析した研究者がネガティブな情報の方が拡散しやすい結果を得たのは、ネガティブ情報が拡散しやすいようにシステムができていたからとも言えるのだ。SNSから得られたデータは常にSNSのアルゴリズムや運用によるバイアスがかかっていることを忘れてはならない。その結果はSNS利用者の傾向ではなく、SNS開発運用者の傾向なのかもしれない。

政治的影響力とジオ・プロパガンダ

もうひとつ、近年利用が進んでいるのがジオ・プロパガンダ(geo-propaganda)と呼ばれる手法。ジオ・プロパガンダとは、デジタルで収集した位置情報を政治的操作に利用することである。

選挙やデモ、暴動などでは利用者がどこにいるかが重要な意味を持つ。前回のアメリカ大統領選で配布されたアプリにもこの機能があった。投票や選挙演説の会場、デモや暴動の場所に近ければ参加を呼びかけて参加させられる。
●参考記事
アメリカ大統領選に投入されていた秘密兵器 有権者監視アプリ、SMS大量送信、ワレット

また、地域のつながりはより強い結びつきとなる。2021年1月6日に起きたアメリカ連邦議事堂襲撃事件では、参加者のメンバーが特定地域に偏っていたこともわかっている。また、政治的暴力が起こりやすい地域やBLMが長く続いている地域での政治的暴力が発生するリスクがわかっている。選挙と政治的暴力という政治的活動において、ジオ・プロパガンダは効果を発揮すると考えられている。

さらに最近は、アメリカでは新しいローカル紙が増加していることで地域の情報空間が変化している。アメリカではローカル紙が急速に減少しており、それを埋めるように多数の新しいローカルメディアが誕生している。ただし、そのほとんどはなんらかの政治的背景を持つもので内容は偏向している。

特に問題視されているのが「ピンクスライム・ジャーナリズム」の台頭である。ピンクスライムとは、クズ肉を元に作られたきめの細かい加工肉をさす言葉で挽肉の増量などに用いられる。質の悪い記事を量産することからこの呼び名がついた。

アメリカのピンクスライム・ジャーナリズムの大手Metric Mediaは1,200のサイトに記事を配信している。その記事のほとんどは自動生成されたもので、そうでない記事は特に党派性の高いものとなっている。以前の記事で指摘したAI支援デジタル影響工作ツールの脅威はとっくに現実のものとなっていた。
●参考記事
2023年はAIが生成したフェイクニュースが巷にあふれる......インフォカリプス(情報の終焉)の到来

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インテル、第2四半期売上高見通し予想に届かず 関税

ビジネス

加藤財務相、「為替水準の目標」話題にならず 米財務

ワールド

トランプ氏「イラン核協議は順調」、26日に3回目協

ビジネス

アルファベット第1四半期、売上高が予想上回る 広告
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 9
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 10
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story